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「確かに彼はウチの常連さんだったけど……」
一語一語を噛みしめるように、ゆっくりとママは言った。ためらっているのではない。ママは元からそういう喋り方をする人なのだ。スナックの経営者としてはどこかのんびりした構えであるのは、こんな田舎では他に競争店もなく、張り合う必要がないからだろう。また、でなければこのママでこんな店が潰れないわけがない。
グラスを片手にママは続けた。
「会社帰り、いつも来たわね。『寝酒に』って言って、一杯だけ飲んで帰るの。本当に一杯しか飲まないのよ? でも彼の場合、けち臭くは見えなかったわね。むしろそんな飲み方が似合ってたかも」
「その前にすでに飲んでいたってことは?」
「なかったわね。少なくとも私の知る範囲ではなかったわ」
俺は氷だけが残ったウイスキーグラスを振ると溜め息の代わりに音を立てた。
「あなた、彼の幼馴染みなんでしょ」
不意にママが訊いてきた。氷の立つ音に被せて、俺は答えた。
「ああ」
「だったらなんで、そんなことを知りたがるの?」
「? どういう意味?」
「あなたこそ彼が自殺した理由に心当たりないのってこと」
「…………」
「幼馴染みなんでしょ?」
「……昔のね」
「でもあなたはこうして彼の死を知って訪ねてきた。友達でなきゃしないわ」
「友達だと思っているだけで友達だったなら、ね。それなら俺とあいつは無二の親友だったよ」
半ば自棄な俺の答えに本当に気づいてないのか、それともあえて無視したのかわからないまま、ママが同じトーンで続けた。
「そんなあなたが知らないことを、どうして私が知ってると思うの?」
「それは───」
「私の方が彼に近いところにいた。から?」
「…………」
「心の距離は現実の距離と関係ないものよ」
俺は今度こそ溜め息を吐いた。身を切られる思いだった。そんなことは自分が一番に知っているところだ。だからこその疑問だというのに。
なんで、あいつは……。
「あなたを責めているわけじゃないのよ。ただ、ね? 私は思うのよ。私達でさえわからないことを、警察が調べたところで何が知れるのって。もしそんなんでわかられちゃったら、必要ないのは警察じゃなくて私達『友達』や『知人』の方ねって」
そういってママはなぜか笑った。それにつられて俺もこの店に入って初めて笑みを刻んだ。
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