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遺影のあいつは笑っていた。得意のはにかみ顔で。少し古い写真だけど、と、横からおばさんが口を添える。確かに古い写真だった。なぜならこの写真の本物には、横に俺がいるはずだからだ。この顔は俺達二人揃って、地元の大学を卒業した時のものだった。
その後、あいつはやはり地元の工場に勤め、俺は都心にある食品会社の研究者として勤め出した。
あれから、四年───。
「都会に出なさってからの最初の帰省がこんなしょうもないことでは悪いと思ってね……」
なぜすぐ俺におしえてくれなかったのかという言及に、おばさんはそう言った。俺はおばさんの忠実さをこの時、初めて呪わしく思った。
俺の両親はすでにない。父親は俺が物心つく前に死んでいて、母も俺が中学を卒業する時に亡くなった。あとのことをこのおばさんに託して。
おばさんは未婚の母だった。こんな閉鎖的に田舎において、それは許されまじきことだった。よっておばさんとあいつの存在は、ここにおいては見て見ぬ振りの村八分だった。それを心で救っていたのが俺の母だったというやつだ。父なし子を育てる同じ女として、放っておけないものがあったのだろう。
そんな風だったから母が死んだ時、おばさんは俺を引き取ると言った。俺はその年に義務教育が終わることもあって、その提唱を必要ないと断った。だがおばさんはそれを許さなかった。大学まで出ないことには立派な大人になれないと言い立て、それだけの蓄えを残してくれお母さんにも申し訳ないでしょうと言い募り、怒鳴ったり嘆いたりと角度を変え、態度を変えて俺の説得に当たってきた。最後には自分と息子を見捨てるつもりか、などという脅迫までしてきたくらいだ。
もちろんそれはおばさんの本心ではない。おばさんはただ恩を返したかっただけだ。俺の母に返せなかった恩を。そしてそれが後を頼まれた者の責任だとも思った。俺に不自由をさせない、俺に窮屈な思いをさせない、俺に干渉するのではなく、ただ俺を見守りたい、それだけの思いだとわかったから。
俺はおばさんの熱意を受け取った。元来、勉強は嫌いではなかったし、頭に自信があった俺にとってその申し出は本当は有り難いものだったのだから。
だから俺は頑張った。高校、大学と恙無く終え、立派な大人になって今度は俺がおばさんに恩を返すつもりだった。
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