0人が本棚に入れています
本棚に追加
これでおばさんはもう幸せにはなれない。
俺は卑怯だ、と叫びたくなった。
* * * * *
「もう帰るのか?」
駅まで俺を見送りに来てくれた奴は、名残惜しそうにと言うよりは突き詰めるような口調で言った。だが俺はその意図をあえて無視した。
「線香も上げたし墓参りもした。これ以上、することはないだろ」
だが奴はやっぱり引かなかった。
「戻って来る気はないのか」
あの人のために。奴は無言にそう言っていた。俺は臍を噛んだ。確かに五十を過ぎた女の人が一人で暮らすのは寂しいかもしれない。だが。
「俺が居ても、仕方ないから……」
「……そうか」
仕方ない。それは俺がここに居てもという意味ではない。俺が、俺だけが生きていても仕方ないのに、そういう意味の呟きだったことまでは奴にはわかるまい。
けれど俺はこれからも生きていくのだろう。
あいつの分も、なんて綺麗事は言わない。
ただこれからは自分のために、自分のためになるように生きていくしかないんだと、四年も一度も帰って来なかったくせに、この地は、あいつとおばさんの存在は、知らずここまで大きな俺の縁になっていたことを今さらになって知った俺だった。
(俺がそう一度でも口にして伝えてやれていれば、あいつはもしかしたら───)
考えても埒のない思考に陥りかけた俺の沈んだ空気を吹き飛ばすように、ホームに電車が滑り込んできた。
「じゃあ、元気で」
「ああ。おまえもな。たまには帰って来いよ」
「……そうだな」
しかし、俺はもうここへは帰ってこないだろう。俺にはわかっていた。もうここは俺の帰る場所ではないと。
だが一度だけ。もう一度だけ、訪れることがあるかもしれない。そしてその来訪もきっと、この友の手紙に寄るものに違いない。
「なんかあったらまた連絡頼むよ」
「……わかった」
短いベルが鳴り、ドアは俺と故郷を静かに隔てた。
【Fin.】
最初のコメントを投稿しよう!