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肉食獣的な彼女
今日はお肉の日。
嬉しい楽しいお肉の日!!
カタカタと軽快な音を立ててキーを叩いていると、隣から吹き出し笑いが聞こえてきた。
「・・・お前、ダダ漏れ」
「え?」
手を止めて声の主の方に顔を向けると、口元と腹を押さえ、声を殺して笑っている姿が目に入った。
「『お肉、お肉、楽しいお肉』って歌ってるだろ?」
茶色の瞳の際にはうっすら涙すら浮かんでいる。
「あ・・・。ばればれ?」
唇を指先で押さえると、無言でこくこくと肯かれた。
「だって、ケンケン亭のお肉なんだもん、昨日の夜はあんまり嬉しくてちょっと眠れなかったわよ」
「・・・遠足前の子供か、お前」
「んー。それは否定しない」
なんせ、全国的に名を轟かせて常に予約でいっぱいの有名焼き肉店をあっさりと目の前の男がキープしたというのだから。
「まあ、偶然キャンセルが重なったって話が来たからな」
運が良かったな、と笑う男の手を両手で取った。
「運の良い男ってスキ」
故意に目をきらきらと輝かせてみせると、うっ、と彼はたじろぐ。
「結婚して、片桐さん」
「それは断る」
今を遡ること数ヶ月前。
隣の席に座している片桐啓介の婚約が破談になった。
そんな彼を慰めるべく男どもが大がかりな飲み会を行った。
そもそも、飲み事に目がない会社関係者達はものの数分でお手軽に酔っ払い、箱の大きな安酒屋で大盛り上がりに盛り上がった。
店内に居合わせた人々の耳に、片桐の破談が漏れ聞こえるのは当然至極。
同じように酔っ払った見知らぬサラリーマン達が入れ替わり立ち替わり酒を片手に片桐への慰労に訪れ、彼の杯に色々な酒をなみなみと注いだ。
その結果、酔いつぶれた彼は次なる恋を手に入れることになる。
そして、その時は予想だにしなかったことがもう一つ。
見知らぬ酔っぱらい達から掴まされたのは酒だけではなかった。
酒と醤油に汚れた宝くじが数枚。
後日、何の気なしにそのよれよれの宝くじを照合して周囲は驚いた。
片桐の懐に、かなりまとまった金額の賞金が転がり込んだのだ。
「瀬川がらみの経費がこれで一切チャラって、ほんと、どんな星回りに生まれればそうなるのよ?」
おかげで、片桐が長田家に借りた某料亭の貸し切り料金も早々に返すことが出来た。
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