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寂れた駅にて
十八時になるかならないかという時間だったとおもう。寂れた田舎の駅で茶色いベンチごと夕やけに照らされて、わたしはうとうとしていた。
そのうち風がふいて、コンクリートはじに咲いているタンポポもひとりぷるぷる震え、瓦の屋根はギィギィいう。
右隣のふたつ離れたバス停ベンチには、おおきなリュックサックといっしょに小柄な女性が座っていた。ちょうどわたしの姉くらいの優しそうな人。
今日の会社のこととか、小さい会社の尊大な社長はヒゲを足せばカワウソだとかなんかを、とりとめもなく考えていた。
やわらかい風が袖を揺らして、そうしたら、秋の風に馴染む優しい声がした。
「こちらの電車に乗るのですか?」
「ああ、逆の電車です」
「少し世間話でもしませんか」
世間話をするおばさん達を想像して、いやいや、「いいですよ、電車が来てしまうので、少しだけですけど」などと言った。
そうですか。
葉のこすれる音が、澄んだ空気におおきい。
全然知らない映画を観るまえのような、軽い肌色の空気も澄んだものだった。
彼女はちいさな花を示した。
「その花を知っていますか?タンポポ、と言うのです」
おやおや?知らないみたいですね。彼女が笑みを深めながら言った。
「それは一本だけですけど、大抵白いポンポンみたいなものを一緒に咲かせますよ」
なんだかおやおや、とワクワクしてきた。良い気分。
「なぜ白いポンポンを生やすんですか? 飾りですかね?」
「それは種ですよ。すべての白い糸は、まん中の種に繋がっていて、散り散りになり風に乗ってとんで、他の場所でまた咲きます。そこでも同じことを」
彼女は可愛らしい笑くぼを持っていた。知っていることばかり。それが錆びた日常の何倍も楽しくて、軽やかで爽やかな風が、世界にそれしかないかんじ。
「そのタンポポのような『花』が、私は大好きです。見渡す限り一面の花々の写真を撮り、いつか本を出すことが、私の野望です。恥を忍んで言うならば、夢というものです」
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