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「はーるーっ! さっさと宿題終わらせろっ! 俺が、遅刻しちまう!」
「だぁってぇー……」
大人になってから、夏休みは地獄と化した。
古くて狭い団地の台所で素麺を湯掻きながら、伊勢谷霧はリビング代わりの和室のテーブルに突っ伏している甥子に、声を張る。
小学校一年生の甥子、伊勢谷晴は絵日記は言わずとも毎日書く癖に、それ以外の宿題は全く進まない。
強いて言えば、自由研究は内容によってはすぐに終わりそうだが、勉強嫌いの晴を毎日机に向かわせるのは、それだけで骨が折れる。
「なーつーがーきぃたぁー……」
「何言ってんだ、お前? さっさと作文書かねぇと、昼飯も夏祭りもお預けだからな!」
「さくぶんのテーマ! なつがきた、だって!」
「そんなもん、いくらでもあるだろうが。この間、プール行ってたじゃねぇか。それ書けば?」
「えにっきにかいたもん」
「じゃあ、婆ちゃん所で西瓜食ったろ? あれは?」
「えにっきにかいたの!」
埒が明かない。
霧は茹で上がった素麺を、水で流して氷を敷いた硝子の器に盛り、大葉、生姜、葱、鰹節、最後にスライスした酢橘を乗せて、麺汁をぶっかけた。
ライムグリーンの透き通った色が涼やかさを引き立て、鼻腔を抜ける酢橘の香りが食欲をそそる。
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