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ここまで乗せてきてくれた高齢のタクシードライバーが、タクシーを下りた二人をイタズラっぽい目で見上げる。
「何度も言ったけど、ここは本物だから」
不穏な笑みを浮かべてそう言い残し、タクシーは去っていった。車のエンジン音が遠ざかると、辺りはシンと静まり返った。
道中の車内で、新一が地元の人間からの情報を得たいと、運転手に廃ホテルの噂についてアレコレ聞いた。ほとんどがネットでも知ることのできる話だったが、運転手もこの廃ホテルは本当に幽霊が出ると信じているようだった。ドライバー仲間には、夜中にホテルの前を通りかかって、点いているはずのない明かりが見えた、または怪しい人影を目撃した者も多いという。
おそらく、鈴たちと同じように心霊スポットに遊びに来た不逞の輩、つまりはただの人間だと思われるが――タクシーを下りた瞬間から、鈴の足は重い。
「よっし! 早速行こう!」
対する新一は、アホみたいに元気だ。その目はランランと輝き、心霊スポットに向かう者のものとは思えない、明るく溌溂とした表情である。
「あれ? 広瀬、顔色悪くない?」
「え、そう? 日陰だからじゃね」
内心の動揺を知られたくなくて、鈴は強がって笑った。
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