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男性が、ホームから小さく飛ぶ。男性は電車にはねられ、鈴の目に映る世界が真っ赤に染まった。
あっ! と声を上げた鈴だったが、周りの誰も、同じように驚いているものはいない。男性をはねた電車も、急ブレーキを踏むこともなく静かに停止した。
日曜の穏やかな空気のまま、鈴の周りの景色が流れていく。鈴だけが、隣に並ぶ乗客に聞こえそうなほど心臓を大きく鳴らし、見開いた目で呆然と反対のホームに停まる電車を見つめていた。
鈴も、頭ではわかっていた。今見た光景は、現実のものではない。少なくとも、今現在起きた事象ではないはずだ。
しかし見たものが強烈すぎて、頭に心が追いつかない。早すぎる鼓動が苦しいほどだ。
やがて電車は、当然だがなにもなかったかのようにゆっくりと発車し、K駅を離れていった。
電車がいなくなって目の前が開けても、反対のホームに見えないはずの男性の姿はない。
ホッと胸を撫で下ろし、ようやく呼吸が落ち着きそうになったが、鈴はまた目を剥いた。
反対のホームの、鈴から見て斜め右方向に、一人の若い男がいた。鈴と同年代と思われるその男は、鈴と同じ顔――目をまん丸に見開いて、こちらを見ていた。
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