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6月18日
「え、じゃぁ22日に退院決まったんだ!良かったね、ばあちゃん」
「そうなの。みんなには色々とお世話になったねぇ」
「気にしないで、おばあちゃん。お店番、楽しかったもの」
「そう言ってくれると助かるよ、帆夏ちゃん」
学校が終わり、委員会も部活も休みだったため、4人でばあちゃんの店に向かい、店番をしていれば、夕方になってばあちゃんが戻り、じいちゃんの退院日が決まった、と告げられる。
じいちゃんが無事に退院できることに、一息つくのと同時に、こうやって4人で集まるのもあと数回か、とふと思う。
少し、寂しいような、と思った時、そんな風に考えた自分に、自分の変化に驚く。
先月までの自分なら、そんなこと絶対に考えなかっただろう。この半月で随分と変わったような…とばあちゃんと話す三人を見ながら考える。
「なる? どした?」
そう問いかけてきたのは、「アルバイト」に俺を誘った照屋で、色々ときっかけを与えてくれたのも、照屋、だと思う。
「いや? 別になんもない」
「うん?」
最初は、照屋のテンションについていけない日が多かった気がする。けれど、気がつけば、最近はすっかり照屋といることが普通になっている。
俺の返事に、不思議そうな表情を浮かべながらも、ばあちゃん達との会話に戻った照屋を眺めながら、また少し、考える。
そういえば、羽白さんと寺岡さんと話し始めたのも、照屋が居たからだったな、と思いながら、視線を移せば、目が合った羽白さんがにっこりと笑う。
だいぶ嬉しそう、とそんな羽白さんを見て、腹の底のほうがあったかくなるような、そんな感覚になった時、ふと、気がついたことがある。
なんで、俺、羽白さんの顔見ただけで、嬉しそう、とか、悲しそう、とか、なんとなく分かるようになったんだろうか。寺岡さんみたいに、喜怒哀楽がとてもはっきりしているわけではないし、かといって、委員長みたいに、ほとんど分からないわけでもない。けど、控えめ、といえば控えめなほうだと思う。
それに、なんで、羽白さんが笑うと、なんとなく自分も嬉しくなるんだろう。
ぐるぐる、と考えが回っていると、ふと、昨日、照屋に言われた「早くしないと、盗られちゃうよ?」という言葉が頭をよぎる。
「…盗られ…」
「なにが?」
「…あ、え?!」
「え、あ、ごめんね?!」
呟いたつもり、は無かった。けれど言葉に出ていたらしく、目の前にきていた羽白さんに全然気がついていなくて、思わず驚きながら彼女を見れば、彼女もまた、俺の反応に驚いて、肩を揺らす。
「あ、ごめん」
「う、ううん。ちょっとだけびっくりしたけど、大丈夫」
そう言って笑う羽白さんに、ごめん、ともう一度謝れば、「大丈夫」と彼女は笑う。
そんな彼女を見て、ああ、そうか。とモヤモヤしていたモノの正体に気がついて、小さく笑う。
「千家くん?」
くす、と笑った俺に気がついた羽白さんが、不思議そうな表情を浮かべて、こっちを見る。
ああ、やっぱり。俺を見て、首を傾げる彼女に、たどり着いた答えに、確信を持った。
「なーる」
「ん?」
店番が終わり、自宅からは反対方向ではあるものの、ばあちゃんの店からだと、照屋と寺岡さんの家のほうが近いらしく、羽白さんの家は2人の家から少し離れているらしい。羽白さんを自宅近くまで送るため、3人の住むほう、高校側へと戻っていれば、前を歩く二人には聞こえない程度の音量で、照屋が話しかけてくる。
「心境の変化でもあった?」
「はい?」
突然どうした、と照屋を見やれば、「え、だって」と照屋が笑いながら答える。
「はじろんを見る時の、なるの表情がいつもと違うから、何かあったのかなって」
「…よく見てるな」
「へへ、まぁね」
えへへ、と照屋は笑いながら言うものの、照屋の観察力に、本気で驚いていれば、「で、やっぱり心境の変化?」ともう一度、同じことを聞かれる。
前を歩く寺岡さんと楽しそうに話す羽白さんを見て、「まぁ、そうだな」と照屋の言葉に頷く。
「お、やっと気がついた、とか?」
「…やっと、って」
「オレはそこそこ早くから気づいてたけど」
「…え」
ふふふー、とニヤつきながら言う照屋に、思わず立ち止まれば、「はじろんは気づいてないよ?」と照屋が笑いながら言う。
「あ、いや、そこは別にって、おい!」
「え、だって、なる、はじろんのこと好きでしょ?」
面と向かって言葉にされると、どうにもむず痒い。
かと言って、違う、と否定するのも出来ずにいれば、「なるらしい反応」と照屋がまた笑う。
「いやぁ、何かいいね、こういうの」
「何がだよ」
「えー? ほら、親友と、学校の帰り道に、恋バナをしながら歩くっていうこのシチュエーション? 青春っぽいじゃん」
「…おま…よくそんな恥ずかしいこと言えるな」
「ちょ、なるが照れないでよ!オレまで恥ずかしくなるじゃん!」
「無理。俺のキャパじゃ限界」
「ええー、ちょっとー!」
口元を隠しながら照屋から顔を背ければ、照屋が「一人で照れ隠しはずるいよ!」と声をあげ、その照屋の声に気がついた寺岡さんが「どうしたのー?」と振り返って声をかけてくる。
「いや、なるが、んんっ!!」
「なんでもない」
思わずバッ、と照屋の口を抑えて寺岡さんに答えれば、「ふざけてないで帰るよー?」と呆れたような声をかけられ、片手をあげて答える。
「てーるーやー?」
低い声で、名前を呼べば、「てへっ」と照屋が無駄に可愛い子ぶり、とりあえず、スネを軽く蹴っておいた。
「なんだか楽しそうだったね。千家くんと照屋くん」
「…俺?」
「うん。いつもよりも楽しそうに見えたよ?」
結局、照屋たちが家に帰る直前まで照屋が言う「青春っぽい」会話は続き、終始、わちゃわちゃとしながら歩いていた気がする。
楽しかった、といえば楽しかったか、と羽白さんの言葉に、「まぁ…うん」と頷けば、羽白さんがふふ、と笑う。
「あ、そういえばさ」
「ん?」
「校外学習なんだけど」
「うん?」
「羽白さんは、美術館と遊園地、どっちに行きたい?」
そう問いかけた俺の言葉に、羽白さんが、「え…?」と言ったあと、きょとんとした表情を浮かべる。
「みんなの行きたいところ、でいいかな、って思ってるけど……」
「…そう言うと思った」
思った通りの返答に、くす、と笑えば、羽白さんもまたくすくす、と笑う。
「急にどうしたの?」
「え、ああ、えっと」
首を傾げながら問いかける羽白さんの髪が、さら、と揺れる。
その姿に、胸の中に、ざわりとした何かが通りすぎる。
「羽白さんが行きたいほうに、俺も行きたいかも、と思って」
彼女を見ながらそう伝えれば、ほんの少し、頬を赤くしながら、羽白さんが口を開いた。
【6月18日 終】
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