6月20日

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6月20日

「やっほー、じいちゃん!」  病院の中庭で待ち合わせ俺たちを見て、じいちゃんは、にこにこと嬉しそうな笑顔を浮かべた。 「じいちゃん、だいぶ元気そうだね」 「うるさいくらいだけどねぇ」  寺岡さんと、羽白(はじろ)さんとゆっくりと歩いてくるじいちゃんを見ながら言う照屋(てるや)の言葉に、ばあちゃんは笑顔を浮かべながら言う。 「最初のころは、本当に歩けなくなるのかもしれなあ、とも思ったけどねぇ。先生ももう大丈夫でしょうって言っていたから、ひとまず安心だねえ」  杖はついてはいるものの、歩くことに支障は無いらしい。  本当に骨折したのか?と思うくらいに、サクサクと歩いてくるじいちゃんに、ばあちゃんは何も言わずただ、笑って出迎える。 「おや、誰かと思えば善人(よしと)に、怜那(れいな)、それと…ああ、羽白さんのとこの嬢ちゃんに、正成(かずなり)の弟の……確かに成浩(なるひろ)だったか。なんだ、随分懐かしい顔ぶれに世話になったみてぇだなあ。みんな、今回のことはすまなかったなあ」 「本当ですよ。みんな、お店番もしっかりしてくれて、お掃除までしてくれたんですから」 「おお、そうかあ。悪かったなぁ!」  ハッハッ、と豪快に笑うじいちゃんに、呆れたような、でも嬉しい、という表情を浮かべてばあちゃんは横に並ぶ。  そんな老夫婦の光景を目にして、照屋もまた、本当に嬉しそうに笑った。 「22日ってことは、明後日かぁ。ってことは店番アルバイトも明後日で終わっちゃうのかぁ…ちょっと寂しいね」  病室へ戻っていくばあちゃん達と、病棟入り口まで見送る、と言ってついていった寺岡さんと羽白さんの様子を眺めながら、寂しそうに言ったのは、この話を俺に持ち込んだ照屋本人で、照屋がそんな風に思っているとは考えてもいなかった俺は、驚いて固まる。 「なる? どうしたの?」 「あ、いや…照屋が寂しいって言うと思ってなくて」 「えー? オレは寂しがり屋ですよー?」  寂しそうな表情で、ばあちゃん達の背を見送ったあと、くるりと振り向いたと同時に、ガシッ、と俺の腕に抱きつきながら、照屋は楽しそうに笑う。 「まぁ、でも、店番終わってもなるとは遊べるしね!」  にこにこ、と笑う表情は、俺が考えた「店番の終了イコール4人では遊ばなくなる」という結論とは、だいぶかけ離れるような良い笑顔で、あまりにも想像と差異がありすぎて1人面白くなり、軽く吹き出す。 「なる、なんで笑ってんの?」  俺の腕から離れ、きょとん、とした表情をした照屋に、「なんでもない」と笑いながら告げれば、「変ななるー」と照屋もまた笑う。  クラスメイトと、知り合い、はたくさんいる。  ただ、その人たちを「友達」と呼んでいいのかどうなのか。いつもそこの境界が曖昧で、自分が「友達」と呼べる人、呼んでも差し障りのない人。そのあたりよく分からず、正直、照屋と親しくなるまで「友達」と迷わずに言える人はいなかったような気がする。  クラスメイトは、同じクラスにいる同年代たち、という認識だったし。  友達、と呼ぶにはあまりにも遠く。顔見知り、と呼ぶには少し違う。  何が違うのか、と言われると、うまく説明なんて出来ないけれども。ずっとそう思っていた。  学校が変わったり、クラスが変わる。塾が変わる。  その度に、近づいたと思ったら遠くなる。みんなそんなものだろう。そういう風に思っていた。  だから、このアルバイトが終わったら、また前と同じような、いつも変わらない日常で、淡々と毎日を過ごす。  照屋たちとも、前みたいに、最低限の会話だけで終わる。  その可能性があり得る、と。  一人そう考えたりもしたのだが。  ー 「まぁ、でも、店番終わってもなるとは遊べるしね!」  さっき言われた照屋の言葉が、頭をよぎる。  アルバイトが終わりました。はい、じゃあこれで。  さっきの照屋の言葉には、そんな気配、微塵もない。  アルバイトが終われば、4人で、照屋とも遊ばなくなる。そんなわけが、なかったのだ。  照屋はきっと、そういう距離じゃない。  だって、こいつは、最初からずっと変わらないじゃないか。 「このあとどうするー?」と病棟と俺を交互に見ながら言う照屋に、「そうだな」と小さく答えながら、ふと気がつく。  近づくべきだったのは、俺のほうか。  ふと、そう思った瞬間に、自然と口が動いた。 「……なぁ、善人(よしと)」 「なに? な…る?」  なんとなく。本当になんとなく、名前で呼んでみたくなって、照屋(てるや)の下の名前で呼べば、いつも通り反応した照屋の顔が次第に驚いた表情へと変わる。 「なる、今、オレの名前!」 「迷惑だったか?」  イヤならやめる、と付け加えれば、「全然!全然イヤじゃない!」と照屋がものすごく嬉しそうな表情で答える。 「…ああ、そう」  嬉しい、と素直に感情をぶつけてくる善人の様子に、なぜだか俺のほうが照れくさくなって、口元を隠して顔を背ければ、「もー!なるはすぐ照れる!」と頬はゆるんだままの善人が怒ったように言う。 「説得力のカケラも無い」 「仕方ないだろー!嬉しいんだから!」  へへっ、とまた俺の腕に抱きついて笑う善人に、「離れろ」「やだ!」とそんなやり取りを何度か繰り返していれば、「何やってんの?」と寺岡さんの呆れた声が聞こえる。 「あ、おかえり、怜那(れいな)」 「ただいま…って善人、何にやにやしてんの? あやしいんだけど」  思い切り、訝しげな表情で善人を見た寺岡さんに、「オレは今なにを言われても気にしませーん」と善人は「べー」と舌を出しながら答える。 「こどもか」  そんな善人の様子に、呆れながらも、寺岡さんは、善人が楽しそうな、嬉しそうなことを理解したのだろう。  隣に並んでいた羽白(はじろ)さんと顔を見合わせて笑った。 【6月20日 終】
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