6月23日

1/1
前へ
/38ページ
次へ

6月23日

「え、俺?」 「…うん」 「あー…えっと……ごめん、えっと…それ、…俺?」  登校するなり、自転車置き場で、見覚えの無い女子に声をかけられる。  まったく見覚えが無かったのだが、どうやら俺が、何かの手助けをしたらしい。  人違いなのでは、と本気で考えて、思わずそう言ったものの、「絶対に千家(せんげ)くんです」と断言されてしまった。  心当たりがない。  そう考えるものの、「……あのっ…!」と絞り出すような彼女の声に、妙な緊張が背中に走る。  ぎゅ、と制服のスカートを握りしめている手は、こっちから見てもわかるくらいに震えている。  自分が言葉を発しているわけでもないのに、彼女の緊張がものすごく伝わってくる。  そんな感じたこともない空気感に、どうしたらいいものか、と彼女を見やれば、俯いていた彼女が、顔をあげた。 「せ、千家くんが、好きです」  今にも泣き出しそうな表情を向けられ、ズキリ、と心臓のあたりに痛みが走る。  告白なんて、されたことも、したこともない俺には、感じたことのない痛みと緊張感に、どうしたら……、と考えこみそうになった時、ふいに前に兄貴と、兄貴の友達の西さんが言っていたことが頭をよぎる。  「こいつさぁ、断るときも毎回きちんと断ってるんだよ。告白なんてされ慣れてるだろうに」  「慣れることなんてないさ。それに真剣な気持ちに、答えないことは、相手に失礼だからね」  相手に失礼、か。  その言葉に、「……あー…えっと、ですね」と目の前の名前も知らない彼女にむけて口を開く。 「……その、ごめん」 「…そう、ですか…」  ごめん。  その短い三文字を伝えるだけでも、結構、勇気がいるし、申し訳ないくらいで。 「…でも、嬉しかったです……その…ありがとう」  そう告げた俺に、彼女は「聞いてくれてありがとう」と泣きそうな目元のまま、眩しい笑顔で言葉を返した。 「はああ」  朝一番の、むしろ今年一番だったのでは? と思うほどの、思いがけない出来事と、緊張感に、大きく息を吐き出せば、「見ーたーぞー」と妙に楽しそうな聞き覚えのある声が聞こえ、「げ」と思わず声をこぼす。 「斉藤、荒井。なんでここに」 「いや、遊んでたらたまたま」 「…朝から元気だなお前ら…」  朝イチから遊び回るってどんだけだ、と二人のタフさに驚きつつも半ば呆れていれば、「それよりっ」と荒井がにやにやと笑いながら俺の肩に腕を回してくる。 「なぁにを告白されちゃってるのさ、千家くん」 「俺としては多分ひと違いだと思うが…」 「え、どゆこと?」  俺の言葉に、荒井が驚いて腕を隙に、よいしょ、と自転車からカバンをとって教室へと歩きだせば、「あ、ちょっと千家?!」と二人が追いかけてくる。 「なぁ、どういうことだよー?」 「いや、だから、きっと人違いなんじゃないか、と思うよって」 「だから、その人違い説はどこから」  階段の数歩先に立った斉藤が、首を傾げながら俺を見るものの、「まず俺、イケメンじゃないし」と答えれば、「お前がいうな」となぜか斉藤に軽く叩かれる。 「ええ、でも他にもそう思った理由あるんじゃないのー?」  俺の横に並んで歩き出した荒井に、「俺がなんかの手助けした、らしいよ」と告げれば、「うん?」と荒井が大きく首を傾げる。 「どゆこと?」 「俺が聞きたい。とりあえず、この話題はもう終わり」  そう言って、んん?と立ち止まって考え込んでいる二人に、これ以上絡まれないよう教室へと急いだ。 「あ、おはよう、なる」 「…はよう」 「おはよう、千家(せんげ)くん」 「…おはよう、羽白(はじろ)さん」 「あれ、何か疲れてる?」 「…うちのゴシップ二人組に捕まった」 「誰それ」 「斉藤と荒井」  カタン、と席につき、はぁ、と大きく息を吐けば、「ああ、あいつらか」と善人(よしと)が苦笑いを浮かべる。 「にしても、朝から絡まれるなんて、何かあった?」  善人のその問いかけに、思わず羽白さんを見やれば、「?」と羽白さんが不思議そうな表情を浮かべる。 「…あとで話す…」  複雑な表情をしたであろう俺を見て、何かを察した善人は、「おう」と短く頷いた。 「あ、千家(せんげ)!」 「来たよ、なる」 「……あー…」  なんで、よりよって1時限目に体育があって、なんでよりによって、今日、人生初めて告白された場面を斉藤と荒井に見られていたのか。  嬉々として駆け寄ってくる二人に、大きなため息をつけば、善人が苦笑いを浮かべる。 「それにしても、なるに告白ねぇ…」 「絶対、人違いだと思うけどな」 「そうかなぁ…?」  斉藤と荒井の口からバラされる前に、善人に朝の出来事を伝えれば、善人も驚いたあと、「ああ、でも、うん」とよく分からないが一人納得をしていた。 「なるは結構、無意識で優しいところあるからなぁ」 「…そんなことはない」 「あるよ。委員長の時もそうでしょ」 「いや、あれは別に優しさとかじゃないだろ」 「受け取りかたは人により様々なのだよ、なるひろくん」 「何キャラだよ」  善人の謎のキャラマネに、くく、と笑っていれば、「それに」と善人が俺を見て言葉を続ける。 「最近、よく笑うから、ギャップ落ちした子、多いんじゃない?」 「…ないない」  ぶんぶん、と顔の前で手を横に大きく振れば、「ま、オレもその一人だけど」と善人が可愛い子ぶって言うから、とりあえず、無視してサッカーコートへと歩き出した。 「あー、疲れたー!くそー、抜けねぇ」 「はっ、抜かれてたまるか」 「ずりいぃよ、サッカーまで卒なくこなすとかさぁ」  俺から点を取ったら今朝のことを詳しく話せ、とか意味のわからないことを言い出した斉藤と荒井から、珍しく必死になってボールを死守したが、もはや、もう1時限目にしてものすごい倦怠感が襲ってくる。  もう無理、と思わずグラウンドの芝生のところに寝転べば、「千家くん、大丈夫?」と最近では聞き慣れた声が聞こえ、頭を動かせば、羽白(はじろ)さんが上から覗き込んでいる。 「え、あれ?」  ガバッ、と上体を起こして羽白さんを見れば、「女子は今日は体調悪い人が多いから、男子の見学中なの」と笑う。  その言葉にグラウンドを見れば、確かに、クラスの女子達がグラウンドを見てたり、おのおの話し込んでいたりと、自由に過ごしていている。 「だから今日むだにやる気あるのかあいつら…」  いつもと違って、妙に白熱した争いが繰り広げられ、なんかあったのか、と思っていたが、どうやら、それに気がついて無かったのは、俺を含めて数名だったようだ。 「みんなも凄かったけど、千家くんも凄かったね」  くすくす、と笑いながら言う羽白さんに、見られていたことに頭を抱えそうになるものの、まぁ、楽しそうだから、いいか、と深く考えることはやめた。 【6月23日 終】
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加