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6月23日
「え、俺?」
「…うん」
「あー…えっと……ごめん、えっと…それ、…俺?」
登校するなり、自転車置き場で、見覚えの無い女子に声をかけられる。
まったく見覚えが無かったのだが、どうやら俺が、何かの手助けをしたらしい。
人違いなのでは、と本気で考えて、思わずそう言ったものの、「絶対に千家くんです」と断言されてしまった。
心当たりがない。
そう考えるものの、「……あのっ…!」と絞り出すような彼女の声に、妙な緊張が背中に走る。
ぎゅ、と制服のスカートを握りしめている手は、こっちから見てもわかるくらいに震えている。
自分が言葉を発しているわけでもないのに、彼女の緊張がものすごく伝わってくる。
そんな感じたこともない空気感に、どうしたらいいものか、と彼女を見やれば、俯いていた彼女が、顔をあげた。
「せ、千家くんが、好きです」
今にも泣き出しそうな表情を向けられ、ズキリ、と心臓のあたりに痛みが走る。
告白なんて、されたことも、したこともない俺には、感じたことのない痛みと緊張感に、どうしたら……、と考えこみそうになった時、ふいに前に兄貴と、兄貴の友達の西さんが言っていたことが頭をよぎる。
「こいつさぁ、断るときも毎回きちんと断ってるんだよ。告白なんてされ慣れてるだろうに」
「慣れることなんてないさ。それに真剣な気持ちに、答えないことは、相手に失礼だからね」
相手に失礼、か。
その言葉に、「……あー…えっと、ですね」と目の前の名前も知らない彼女にむけて口を開く。
「……その、ごめん」
「…そう、ですか…」
ごめん。
その短い三文字を伝えるだけでも、結構、勇気がいるし、申し訳ないくらいで。
「…でも、嬉しかったです……その…ありがとう」
そう告げた俺に、彼女は「聞いてくれてありがとう」と泣きそうな目元のまま、眩しい笑顔で言葉を返した。
「はああ」
朝一番の、むしろ今年一番だったのでは? と思うほどの、思いがけない出来事と、緊張感に、大きく息を吐き出せば、「見ーたーぞー」と妙に楽しそうな聞き覚えのある声が聞こえ、「げ」と思わず声をこぼす。
「斉藤、荒井。なんでここに」
「いや、遊んでたらたまたま」
「…朝から元気だなお前ら…」
朝イチから遊び回るってどんだけだ、と二人のタフさに驚きつつも半ば呆れていれば、「それよりっ」と荒井がにやにやと笑いながら俺の肩に腕を回してくる。
「なぁにを告白されちゃってるのさ、千家くん」
「俺としては多分ひと違いだと思うが…」
「え、どゆこと?」
俺の言葉に、荒井が驚いて腕を隙に、よいしょ、と自転車からカバンをとって教室へと歩きだせば、「あ、ちょっと千家?!」と二人が追いかけてくる。
「なぁ、どういうことだよー?」
「いや、だから、きっと人違いなんじゃないか、と思うよって」
「だから、その人違い説はどこから」
階段の数歩先に立った斉藤が、首を傾げながら俺を見るものの、「まず俺、イケメンじゃないし」と答えれば、「お前がいうな」となぜか斉藤に軽く叩かれる。
「ええ、でも他にもそう思った理由あるんじゃないのー?」
俺の横に並んで歩き出した荒井に、「俺がなんかの手助けした、らしいよ」と告げれば、「うん?」と荒井が大きく首を傾げる。
「どゆこと?」
「俺が聞きたい。とりあえず、この話題はもう終わり」
そう言って、んん?と立ち止まって考え込んでいる二人に、これ以上絡まれないよう教室へと急いだ。
「あ、おはよう、なる」
「…はよう」
「おはよう、千家くん」
「…おはよう、羽白さん」
「あれ、何か疲れてる?」
「…うちのゴシップ二人組に捕まった」
「誰それ」
「斉藤と荒井」
カタン、と席につき、はぁ、と大きく息を吐けば、「ああ、あいつらか」と善人が苦笑いを浮かべる。
「にしても、朝から絡まれるなんて、何かあった?」
善人のその問いかけに、思わず羽白さんを見やれば、「?」と羽白さんが不思議そうな表情を浮かべる。
「…あとで話す…」
複雑な表情をしたであろう俺を見て、何かを察した善人は、「おう」と短く頷いた。
「あ、千家!」
「来たよ、なる」
「……あー…」
なんで、よりよって1時限目に体育があって、なんでよりによって、今日、人生初めて告白された場面を斉藤と荒井に見られていたのか。
嬉々として駆け寄ってくる二人に、大きなため息をつけば、善人が苦笑いを浮かべる。
「それにしても、なるに告白ねぇ…」
「絶対、人違いだと思うけどな」
「そうかなぁ…?」
斉藤と荒井の口からバラされる前に、善人に朝の出来事を伝えれば、善人も驚いたあと、「ああ、でも、うん」とよく分からないが一人納得をしていた。
「なるは結構、無意識で優しいところあるからなぁ」
「…そんなことはない」
「あるよ。委員長の時もそうでしょ」
「いや、あれは別に優しさとかじゃないだろ」
「受け取りかたは人により様々なのだよ、なるひろくん」
「何キャラだよ」
善人の謎のキャラマネに、くく、と笑っていれば、「それに」と善人が俺を見て言葉を続ける。
「最近、よく笑うから、ギャップ落ちした子、多いんじゃない?」
「…ないない」
ぶんぶん、と顔の前で手を横に大きく振れば、「ま、オレもその一人だけど」と善人が可愛い子ぶって言うから、とりあえず、無視してサッカーコートへと歩き出した。
「あー、疲れたー!くそー、抜けねぇ」
「はっ、抜かれてたまるか」
「ずりいぃよ、サッカーまで卒なくこなすとかさぁ」
俺から点を取ったら今朝のことを詳しく話せ、とか意味のわからないことを言い出した斉藤と荒井から、珍しく必死になってボールを死守したが、もはや、もう1時限目にしてものすごい倦怠感が襲ってくる。
もう無理、と思わずグラウンドの芝生のところに寝転べば、「千家くん、大丈夫?」と最近では聞き慣れた声が聞こえ、頭を動かせば、羽白さんが上から覗き込んでいる。
「え、あれ?」
ガバッ、と上体を起こして羽白さんを見れば、「女子は今日は体調悪い人が多いから、男子の見学中なの」と笑う。
その言葉にグラウンドを見れば、確かに、クラスの女子達がグラウンドを見てたり、おのおの話し込んでいたりと、自由に過ごしていている。
「だから今日むだにやる気あるのかあいつら…」
いつもと違って、妙に白熱した争いが繰り広げられ、なんかあったのか、と思っていたが、どうやら、それに気がついて無かったのは、俺を含めて数名だったようだ。
「みんなも凄かったけど、千家くんも凄かったね」
くすくす、と笑いながら言う羽白さんに、見られていたことに頭を抱えそうになるものの、まぁ、楽しそうだから、いいか、と深く考えることはやめた。
【6月23日 終】
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