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6月26日
「で、何でオレ達まで?」
「…さあ…?」
昨日で保護者面談を終えた俺と、善人は、「服を買うから」と、寺岡さんに半ば引きづられる形で、駅近くのショッピングモールへと来ている。
店の前にある冊に寄りかかりながら、店内で服を選ぶ二人を眺める。二人とも楽しそうにいくつもの服を当ててはまた戻す。そんな姿に、女の子だなぁ、とぼんやりと考えたりもする。
カバン持ってて、と善人は寺岡さんのものを、俺は羽白さんのものをそれぞれに預かったが、善人に至っては、「怜那のカバン、お菓子入ってないかな?」と言って、寺岡さんのカバンを勝手にあけて物色し始める。
「おい、怒られるぞ?」
「大丈夫でしょ、カバンくらい」
「…あ」
「あ…?」
あ、と呟いた時には、時すでに遅し。
善人の行動にいち早く気がついた寺岡さんが「よーしーとー!」と言いながらベシッ、と善人の頭を叩いた。
「良いじゃん、カバンくらい開けたって」
「女子のカバン勝手に開けるとか、無いわ」
「無いわってお前な。なにをいまさら」
いてえ、と寺岡さんに叩かれたところをさすりながら、呟く善人に、「いや、駄目だろ」とツッコミを入れれば、「えー」と善人が口を尖らせながら言う。
「ずっと一緒に育ってきてんだぞ?いまさら感半端ないじゃん」
「それでも、見てほしくないものだってあるの!」
ふん、と息も荒く言う寺岡さんに、「はいはい、すみませんでした」と適当に謝った善人に、寺岡さんが、キレた。
「…今のは、お前が悪い」
「…ですね」
「ちゃんと謝れよ」
「…そう、する」
荷物も全部置いて、走っていった寺岡さんを見て、しまった、という表情を浮かべる善人に、「ここで待ってるから」と伝えれば、「ごめん」と言って、善人が寺岡さんが走っていった方向へと駆けていく。
男子の中でも足が速いほうだし、すぐに追いつくだろう。それにこの場で寺岡さんをおさめられるのは善人だけだし、と二人の心配をするのを早々に中断した俺は、近くの自販機で買った飲み物に口をつける。
「大丈夫かな、怜那ちゃんと照屋くん」
心配そうな表情を浮かべて、二人の走っていった方向を見る羽白さんに、「善人に任せておけば大丈夫だと思う」と伝えれば、「千家くんがそう言うなら…」と羽白さんも、心配そうな表情はしたまま、飲み物へと口をつける。
「怜那ちゃんと照屋くんの二人が、時々、すごく眩しく見えるの」
ポツリ、と言った羽白さんの言葉に、「眩しい?」と軽く首を傾げながら問いかける。
「普段は照屋くんがふざけてるのを怜那ちゃんが見守ってる、って思うんだけど、実は照屋くんが怜那ちゃんを見守ってるのかな、って」
そう言って、羽白さんは寺岡さんのカバンを少し目を細めながら眺める。
「それが、すごく温かくて、でもすごく眩しいな、って思う時があってね」
眩しく見えるのは羽白さんのほうでは。
そう思いながらも、「そっか」と答えつつ彼女を見ていたらふと、視線をあげた羽白さんと目が合う。
けれど、その直後、羽白さんの頬が少し赤くなったような気がする。
「……羽白さん、大丈夫?」
「え、え、っと、うん?」
「……うん? って、おっと」
「え、わっ?!」
何やら慌てた様子で、わたわたとした動きをする彼女に、どうした、と疑問が浮かぶものの、その直後に羽白さんの後ろに人影が見えて、思わず彼女の身体を引き寄せる。
「大丈夫?」
「あ、ご、ごめんね」
「いや、ぶつかってないならいいんだけど」
「私は平気…」
「なら良かった」
ホッ、と小さく息を吐き、羽白さんから手を離せば、彼女の頬がさらに赤くなった、ような気がした。
「……やっぱり羽白さん、頬が赤いけど」
「ほ、本当に大丈夫だから…!」
「…本当かなぁ…?」
「本当に…! あんまり見られると大丈夫じゃない……です」
「あ、……ごめん」
結局、俺と羽白さんは、文句を言いながらも、善人に手を引かれた寺岡さんと善人が戻ってくるまでの約十分間、こんなやりとりを何度か繰り返したのだった。
「おかえり、怜那ちゃん」
「……ごめんね、帆夏。千家」
「いや俺は別に」
「私も。千家くんも一緒だったし、大丈夫だったよ」
眉をさげ、申し訳なさそうに謝る寺岡さんに、羽白さんは彼女の手を取りながら、寺岡さんに笑顔を向ける。
その笑顔を受け、元気を取り戻したらしい寺岡さんが、もう一度、「千家もごめん」と今度は明るい表情で頭をさげる。
「……ちょうど喉乾いてたとこだったし」
そう言いながら、そろそろ飲み終わりそうだったペットボトルを寺岡さんに見せれば、「そっか!」と彼女は笑顔を浮かべた。
「やっぱり、幼馴染みなだけあって、仲直りも早かったね」
「……ああ、うん。確かに」
あの後、まるで喧嘩など初めからしていなかったかのように善人と寺岡さんの態度はいつもの何ら変わることなく、ああだこうだといつもと同じように軽口を言い合っていた。
ただ、いつもと違うのは、何だか妙に寺岡さんがそわそわしているように見えたのと、その逆に、善人が落ち着いているように見えた。
もしかしたら、羽白さんの『善人が寺岡さんを見守っている』という言葉を聞いたからそう見えるだけかも知れないが。
そんなことを考えつつも、今日は早く帰らなきゃいけないと言っていた羽白さんを、家の近くまで送る、と善人と寺岡さんと別れて、俺と羽白さんは店の外へと出る。
停めておいた自転車をとりだし、歩きだせば、ふふ、と羽白さんが嬉しそうに笑っていて、「どうかした?」と声をかければ、「怜那ちゃんが」と羽白さんがまた笑う。
「嬉しそうだったなぁ、って。さっき、何かあったのかもしれないね」
ふふ、と笑う羽白さんは、多分、さっきの寺岡さんの様子を思い返しているのだろう。
自分のことのように喜ぶ姿に、羽白さんらしい、と思いながら、自転車を押して歩き出す。
「千家くん、いつもごめんね?」
最近すっかり定着した、自転車の前かごに俺と羽白さんのカバンを入れて、自転車を押しながら歩いていれば、横に並んだ羽白さんが申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「…俺が送りたいだけだから」
気にしない、とそう言った俺を見て、羽白さんは「ありがとう」といつもと同じように、楽しそうに笑う。
「そういえば、昨日の公園なんだけどね」
「うん」
「あそこ、前に住んでいたお家に近かったみたい」
「…そうなの?」
「住んでいたお家までは覚えてないんだけど、お母さんが言ってた」
「へぇ…じゃあ、前はだいぶ家も近所だったのか」
「そうみたい」
そっか、と呟いた俺に、もう一度、「そうみたい」と答えた羽白さんは、ふふ、といつもと同じように笑う。
「じゃあ、俺たちも幼馴染み、ってことですかね」
そう言って、ちら、と横を歩く彼女を見やれば、ぱちりと瞬きをしたあと、羽白さんが「あ!」と小さく叫ぶ。
「…それ、私が前に言ってたやつ…?」
「俺の記憶違いじゃなければ」
「違ってない!違ってないです」
嬉しそうな表情の羽白さんに、「そっか」と短く答えつつも、小さく笑えば、彼女もまた嬉しそうに頷きながら笑った。
【6月26日 終】
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