30人が本棚に入れています
本棚に追加
閑話 帆夏視点
「……帆夏?」
「ん?」
「何か、嬉しそうだね?」
席替えをし、新しい席になったあと、隣の席に、あの子がいた。
背も伸びて、声も低くなって。
一瞬、違う人かなと思ったけど、ふとした時の表情に、記憶の中の面影が見えた気がして、やっぱり、あの子だ、と確信をして。
あの子、いや。彼にそう告げてから、数日。
「……あ…」
おはよう、と教室に入りクラスメイトに挨拶をするのもつかの間。
彼と話しをするクラスメイトの姿が目に飛び込んでくる。
委員長。
勉強もできて優しくて、しっかりしていて。
なんでもできる、そんな彼女。
数日前から、彼によく話しかけている姿を、見る気がする。
その姿を見る度に、チク、とした痛みが胸のあたりに広がる。
なんでだろう。そう思い、小さく首をかしげた時、「どうかした?」と不思議そうな彼の声が耳に届く。
「あ、ううん。おはよう千家くん、杏実ちゃん」
「はよ」
「おはよう、帆夏」
自分の席へと近づき、もう一度、「おはよう」と二人に伝えれば、委員長こと杏実ちゃんが、「また教えてね」と何やら慌てた様子で、自分の席へと駆けていく。
そんな杏実ちゃんに、「うん?」と首を傾げながら答える千家くんの様子に、また胸の奥がチクリとした痛みを告げる。
本当に小さく短い息を吐き、腰を下ろした時、ふいに左横からの視線を感じ、隣を見れば、千家くんが、じい、と自分を見ている。
「…えっと…?」
どうしたのだろう。
千家くんの視線に、ほんの一瞬戸惑いを感じて、首をかしげれば、「あ、ごめん」と千家くんが申し訳無さそうに笑う。
「どうかしたの?」
「いや…さっき、どっか痛そうに見えたから。体調悪い…のかなと」
そう言った千家くんと、ほんの少しの間、視線が重なる。
ただ、それだけだったけれど、気にしていてくれたということが、嬉しいのと同時に、ほんの少しだけ恥ずかしくて、グッ、と両手の拳を握りながら、口を開く。
「大丈夫。元気だよ!」
「………」
空回った。
私の行動に、きょとんとした表情をした千家くんに、心の中で即座にそう思い、ほんの少しの焦りを感じ始める。
「あ、あの、えっと…」
「ふ、くくっ」
「千家くん?」
焦った私とは、裏腹に、千家くんは顔をそむけて小さく吹き出す。
そんな彼に、両手を解きながら名前を呼べば、「そうみたいだな」と千家くんが目元を緩めて笑う。
千家くんにしてみたら、何てことのない仕草だったのだろうけれど。
その笑い顔を正面から見た私の心臓は、さっきまでのチクとした痛みの代わりに、どくん、と早鐘を打つ。
「羽白さん、頬赤いよ?」
やっぱり熱ある? そう言って顔を覗き込んできた千家くんに、私は首元まで、熱くなっていく。
そんな私の様子に、千家くんは一瞬、不思議そうな表情を浮かべたものの、「あー…」と小さな声を零したあと、口元に手をあてて、千家くんが顔を背けた。
そして、私の心臓は、彼の耳が赤く染まったのを見て、また大きくドクン、と音を立てた。
【閑話 帆夏視点 終】
最初のコメントを投稿しよう!