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6月29日
「晴れたなー」
「そうだな」
「ちょっと暑い、かな」
「暑くなったら涼めばいいんじゃない?」
校外学習の当日。
梅雨の時期だというのみ、見事な晴れ間に後押しされ、俺たちの学年は、無事、遊園地に到着した。
「16時が集合時間です。それよりも早く帰る場合には、必ずわたしたち担任に報告すること。16時以降は閉園までいてもいいですけど、22時以降は見つけ次第、補導します」
じゃ、一旦解散!と言った先生の言葉を受けて、「じゃ、行きますか」と善人が、俺の腕を掴んで歩き出す。
結局、美術館は、羽白さんと今度、見に来ることにして、今日は、四人で遊園地を満喫しよう、ということになったのだった。
「あれ買う? かぶる?」
そう言った寺岡さんが指さしたのは、この遊園地のマスコットキャラクターの、なんだかよくわからない顔の帽子で、俺は「無理」と即答し、羽白さんも「私もちょっと…いいかな」と答え、寺岡さんは「えー」と残念そうな声をあげる。
「とりあえず何から乗る? 絶叫系?」
先生から渡された地図を開いた善人が、あれこれ、と選んでいくものの、俺は絶叫系以外なら、どれでもいい。
「絶叫系以外なんでもいい」と答えた俺に、まじか!と善人は驚いた顔をし、羽白さんもまた「絶叫はちょっと…」と答えている。
「え、じゃぁ、二人とも絶叫系乗らないの? どうする善人」
「どうする、って、絶叫系外せばいいじゃん」
「ええー、せっかく来たのに!」
心底残念そうに言う寺岡さんに、そんなに絶叫好きなのか、と驚く。
「乗りたいなら二人で乗ってきたら? 俺、羽白さんと待ってるし」
「…じゃぁ、行くか」
「やった!すぐ戻ってくるね!」
わぁい!と喜びながら走っていく寺岡さんに、しょうがないなぁ、という表情をしながらも笑ってついていく善人の姿に、「善人も素直じゃないよなぁ」と小さく呟いて二人を見送る。
「千家くん、乗らなくて良かったの?」
そんな二人を見ていた俺に、羽白さんが申し訳なさそうな表情をしながら問いかけるものの、「わざわざ絶叫に乗る意味がわからない」と本気で答えれば、「良かった」と羽白さんが笑った。
「わーーー!」「きゃーーー!」と、乗り物が通過する度に、叫び声が聞こえる。
ただ待っているのも暇だったので、アイスと飲み物を買って、絶叫マシンの外から見上げている羽白さんの隣に並ぶ。
「あ、千家くん。おかえ、り?」
「アイス、食べない?」
「え?あ、うん」
はい、と差し出した苺のアイスを首を傾げながらも受け取った羽白さんに、くす、と小さく笑えば、「千家くんが食べたかったんじゃないの?」と不思議そうな顔で問いかけられる。
「ただ待ってるのも暇だったし、俺は喉も乾いてたし。それに、羽白さん、苺アイス好きでしょ」
三日前に、ブランコに乗って、色々と思い出した時に、ほのちゃんが苺アイスが好きだったことも思い出した。
ただ、今の羽白さんも、好んで苺味を選んでいるから、多分、そのまま苺味は好きなんだろうな、と思わず買ってきてしまったのだが。
ぱち、と瞬きを繰り返したあと、「千家くんってすごいね」と羽白さんが嬉しそうに、笑った。
「怜那ちゃん、おかえり」
「ただいまー!あー!楽しかった!」
「おかえり善人」
「ただいま。あ、オレにも一口ちょうだい」
ん、と差し出した飲み物を飲んで、善人がはああ、と息をはく。
「混んでた?」
パラソルのついたテーブルが空き、日陰の中で、羽白さんと話をしながら待ってはいたものの、案外時間が経っていたような気がする。
「いや、それがさ。はじろんが絶叫苦手っていうから、ここの絶叫二つ一気にまわってきた
「…ああ、なるほど」
だから疲れてるのか、と善人の表情を見て言えば、「ハハハ」と乾いた笑い声が返ってくる。
「まぁでもこのあとは、ゆったりしたやつしかないから!」
ね!と笑う寺岡さんは、善人と違いまだまだ元気が有り余っていて、「彼女すごいな」と小さく呟けば、「子どもだ、子ども」と善人がため息をつきながら答える。
「じゃあ次はー、ここ?」
いくつかの乗り物を乗り、園内をぐるぐると歩き回り、寺岡さんが立ち止まって指さしたのは、この遊園地内で唯一のお化け屋敷で、この前、雑誌の特集で出てた!と寺岡さんが楽しそうに話す。
「お、お化け屋敷…」
そう言って、羽白さんは少し困った顔をしたものの、「帆夏は千家と入ってね!」と、半ば強引に俺と羽白さんの腕を掴んでお化け屋敷へと押し込む。
「…どうしよう…」
一変して暗くなった視界に、きゅ、と俺の服の裾を掴みながら言う羽白さんに、「大丈夫?」と問いかけるものの、「あまり大丈夫じゃない…」と泣きそうな声が返ってくる。
「多分、引き返せると思うけど、引き返す?」
「……怜那ちゃんにまた押し込まれる気がする…」
そう言った羽白さんの言葉に、「ああ、うん。確かに」と寺岡さんの様子が思い浮かび思わず頷く。
きゅ、と袖を握った手が、震えている気がして、「出口まで」と言って、羽白さんの手を取れば、俺よりも小さな手が、ぎゅう、と握り返してくる。
ばぁ!と出てくるお化けに、「きゃあ!」やら、「ひゃぁ!!」やら、都度、叫び声をあげる羽白さんに、ほんの少し、照明のあかりがあるところで、「大丈夫?」と問いかけるものの、ぎゅう、と手が握られるだけで、返事がない。
顔は見えないが、握っている手がだいぶ、震えているのが分かる。
「ちょっと、ごめんね」
「せ、千家く」
ひょい、と震える羽白さんの手を軽く引っ張り、腕の中へとすっぱりと抱え込む。
「少し、落ち着くまで待つよ」
カタカタ、と震えていた背中を、軽くトントン、と叩きながら言えば、羽白さんの身体の震えが、ほんの少しだけ収まる。
「こ、怖いけど、千家くんが、いるなら、大丈夫」
振り絞るように言った声に、「じゃ、一気に走り抜けますか」と明るい声で言えば、羽白さんが、ほんの少しだけ笑った。
「ごめん、ごめんね、帆夏」
「…もー…」
やっとのことでゴールした俺達を待っていたのは、先にゴール側にいた寺岡さんと善人で、善人が思い切り「ごめん」という表情を浮かべていて、はぁ、と大きくため息をつく。
お化け屋敷が苦手だ、と話しておいたのに、と頬を膨らませる羽白さんに、ごめん、と何度か寺岡さんが謝り、今度、買い物に付き合うこと、でどうにか、羽白さんと寺岡さんは仲直りをしたらしい。
善人と先を歩く寺岡さんのあとを、のんびりと歩いて追いかけていれば、ふと、「千家くん」と隣に並んだ羽白さんに名前を呼ばれる。
「ん?」
「さっき、ありがとう」
ふふ、と笑いながら言った羽白さんに、お化け屋敷で自分のしたことを思い出し、「あー……えっと、ごめん」と思わず謝れば、「ううん」と羽白さんが首を横に振って笑う。
「ああ、千家くんがいるんだ、って思ったら安心できたから」
そう言って笑った、羽白さんのまわりが、キラ、と光ったような気がした。
「最後は、観覧車?」
そう言った寺岡さんの言葉に、観覧車を見上げるものの、そろそろ集合時間が近づいている。
「観覧車は、あとで考えるとして。そろそろ集合場所、行かないと」
「ここからだとちょっと距離あるね」
地図を見ながら言った俺と羽白さんの言葉に、「え、ほんと?!」と寺岡さんが驚いた表情を浮かべる。
「しかも、天気、崩れそう」
「あ、本当だね……」
「オレ傘持ってない!」
「俺も」
山側の天気は変わりやすい、とはいうものの、朝はあんなに晴れていたのに、モクモクと厚い雲が空を多い始めている。
「観覧車、乗れるかなぁ…」
空の様子を見ながら言った羽白さんに、「どうだろう…?」と少し首を傾げながら言えば、「乗れたらいいね」と羽白さんは笑う。
けれど、そんな羽白さんの願いは雨雲には届かず、思いの外、結構な強さで降り出した雨に、遊園地で過ごすことを諦め、帰宅するを決めた俺たちが、その日、観覧車に乗ることは、なかった。
【6月29日 終】
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