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その村には、一人の女の子がおりました。
おかっぱ頭のクリクリとした黒目が可愛らしい女の子でした。
村の誰もがその子のことを知り及んでおります。
女の子が村人の前を通り掛かれば、みな彼女に言葉をかけます。
しかし、不思議なことでありましたが、村の誰もが女の子の名前を知りませんでした。また彼女がどこの家の子で、どこから来たのかさえも知らないのです。
ですが、女の子は菊の模様が入った赤い着物を着ておりましたから、村の者はその子のことを『菊ちゃん』と呼び慕いました。
『菊ちゃん』、と声をかければ女の子もニコと可愛らしく微笑みます。
それはそれは可愛らしいものですから、皆見かけたら『菊ちゃん』を呼び止め、お菓子や飲み物を分け与えました。
『菊ちゃん』が村に来てから何日も過ぎた頃でした。
村に一人の男が越して来ました。
白いスーツに白いハットを被った男でした。知性あるお人で、東京で大学の講師をしているということでした。
なんでも瑣末な都会の喧騒に嫌気がさして、この田舎風情の残る村にこしてきたのだそうでした。
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