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俺が見つけたことに気づくと、黒い影は必ずこちらに寄って来ようとする。幸いにも、同行者が俺に話しかけたり触ったりすると呪縛は解け、影自体も忽然と姿を消すが、あのじりじりとした接近が恐ろしくて、俺はなるべく人が混み合うような場所を避けるようになったし、どうしてもの際は必ず誰かの側にいて、はぐれないよう気を配り続けた。
ありがたいことに、住んでいるのがそこそこの田舎町なので、祭りでもない限りごった返すような人混みはできず、おかげで十年以上平穏に暮らしてきたが、今日、思いがけないアクシデントに見舞われた。
普段俺は滅多に電車に乗らないのだが、今日はたまたま用事で電車に乗ったところ、列車の路線で事故が起こり立ち往生を余儀なくされたのだ。
運転が再開され、乗っていた列車がかなり遅延して駅に着く。ダイヤは乱れに乱れきっていて、そう広くもない駅の構内は、遅延に巻き込まれた人達でごった返していた。
その人混みにあの人影がいた。
俺を見つけ、じりじりと近寄って来る。逃げたくてたまらないのにやはり足が固まって動かない。
今日は一人行動だが、ここは地元の駅だ。電車の利用者の中には知り合いだっているだろう。
頼む。誰でもいい。俺に声をかけてくれ。あいつが俺の側に辿り着いてしまう前にこの呪縛を解いてくれ。
誰でもいいんだ。たった一声。頼む。…誰か。誰か!
人混みの黒い影…完
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