659人が本棚に入れています
本棚に追加
/326ページ
「カズにとってお母さんは、希望を除いてたった一人の血の繋がった人だったんだから。その人を失った辛さはきっと俺たちより……。でもそれは俺たちにはどうにもできないんだ。カズが自分で乗り越えていくしかないと思う。でもな」
仁がふわりと微笑んだ。
「それを支えてやることは出来るんだ。俺たちは決めてるから。希望だけじゃなく、和音のこともちゃんと守るって」
「え……?」
「だから、母さんのことで一人で泣くのは止めろ。父さんだって俺だっているんだ。少しは甘えてくれ」
力不足かもしれないけど、と苦笑する仁。わたしの口から、吐息のような嗚咽が漏れた。
仁の言葉が嬉しかったのか安心したのか、自分でもよくわからないけれど、泣くのを堪えることが出来なかった。
わたしはもう一度仁の肩に顔をうずめて、少しだけ声を上げて泣いた。仁はさっきと変わらず頭を撫でてくれて、それがひどく心地よかった。
わたしは何を一人でいじけていたのだろう。
わたしの苦しさなど、誰も気付いてくれていないと思っていた。希望ばかりが守られていると思っていた。
でも、それは単なるわたしの被害妄想に過ぎなかったんだ。
わたしはこんなにも守られて支えられている――仁から伝わる温かさを感じながら、本当に素直にそう思えた。
しばらくそうして泣いていると、いきなりその場に、グスグスっと鼻をすする音が聞こえた。
わたしと仁は同時にビクッとして、音の方を振り返った。
いつの間にか、部屋の入口に寄りかかるように、おとうさんがひっそりと立っている。
「父さん」
仁が露骨に顔を顰める。気恥しかったのだろうと思う。でもそれはわたしも同じで、慌てて涙を拭いて、まだひくひくする息を懸命に整えようと試みる。
「いつからそこにいるんだよ」
「さてね? トイレに起きたら灯りが付いてたから来てみたんだよ」
おとうさんは笑って、こちらに近付いてきた。
「なあ、しのぶ」
おとうさんが仏壇にむかって小さく呼び掛ける。「しのぶ」はお母さんの名前だ。
「俺たちはいい子どもたちを持ったな」
そう言って、わたしと仁の頭を順番にクシュクシュっと撫で上げた。
仁は「やめろ」と嫌がりながらも苦笑して、わたしもそれが可笑しくて笑った。
この人たちと家族でいられて、本当に良かったと思った。
最初のコメントを投稿しよう!