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そして、琢磨くん。
あの雨の日図書館で別れてから、琢磨くんとは全く会うことはなかった。それでも、図書館に行けば彼の姿を目で探してしまうのがわたしの癖のようになっていた。元気でいるのかな――それだけが気になっていた。
そんな折、大学構内の中庭のロータリーで、偶然に琢磨くんを見かけた。
それは秋も深まった日の昼下がりのこと。向こうから歩いてくるその姿に、わたしはずいぶん前に気付いた。琢磨くんは友達と話しながら、あの穏やかな笑顔を見せている。
ああ、変わっていない……そのことにとても安心した。琢磨くんはわたしに気付いていなかったけど、それでもよかった。元気な姿が見れた――それでもう十分だった。
でも、コスモスの咲いた植え込みを挟んですれ違う、その一瞬。
琢磨くんがわたしに目を向け、小さく微笑んだ。彼もわたしに気付いていてくれたのだ。
琢磨くんは立ち止ることなく、すぐに前を向いて行ってしまった。そして、わたしも彼を振り向かなかった。振り向いても、琢磨くんはもうわたしを見ないだろう。わたしたちの行く道は違うのだから。
わたしたちが再び言葉をかわせる日がくるのは、まだまだ先になるのかもしれない。
思い出として語るにはまだあまりにも生々しい。それでも、いつかはまた琢磨くんと笑って話ができる日が来ると信じたい。自分勝手な思いだとわかっていても、そう思わずにはいられなかった。
琢磨くんのことでもう一つ耳にしたことがある。
琢磨くんは今、川崎さんからサークルに入れと熱烈に勧誘されているらしい。度々、練習などに無理矢理引っ張ってこられているそうだ。仁はまだその時に居合わせたことはないらしいけど、川崎さんの強引さに呆れて苦笑していた。
仁は、琢磨くんがサークルに入っても別に気にはしないという。反対でも賛成でもなく、この件についてはまったく口出す気はないようだ。それも当然のこと。それを決めるのは仁でもわたしでもなく、琢磨くん本人なのだから。
そうして時は過ぎていく。
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