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さて。わたしも先に出ていようかな。仁、まだ中にいるけれど。
「仁ー! もう行くよー?」
そう声をかけると、すぐに階段を駆け下りてくる足音が聞こえた。
「あー、ちょっと待って!」
仁も、今日は濃いグレーのスーツ姿だ。わかってはいたけど、普段見慣れないその姿にはやっぱりドキッとしてしまう。スーツ姿は男前度が上がる気がする。……と思ったのは内緒。
「なあに?」
「カズ、ちょっと手出して」
わたしの正面に立って仁が言う。
「手?」
「そう、右手でいいよ」
「うん?」
訳の分からないままに、右手を仁の前に出した。
「こうじゃなくて、こうだよ」
手のひらを上に向けていたわたしの手を、仁が苦笑しながらくるりと裏返す。そのまま、仁の左手の上に乗せられる形になってしまった。
「え、なに――」
するの、と続けようとしたのだけど、次の瞬間、言葉を失い目を瞠った。
わたしの薬指に、仁がゆっくりと何かを通していく――それは輝く小さな石のついた指輪だった。
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