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残った仁と二人で「大丈夫かなぁ」と顔を見合わせる。希望の着替えはいつも念の為持ってきているし、万一の場合も困ることはないけれど。せっかくの日に嫌な思いを味わせたくはないものだ。
「――なあ、カズ」
不意に、仁がポツリと聞いて来た。
「カズは母さんとどんな話をした? 今日ここに来て」
「どんな話?」
わたしは視線を宙に向け考える。
どんな話、か。
「そうだなぁ……別に、特に何も」
そう答えると、仁が意外そうに眉を上げた。思った通りの仁の反応に、つい笑みが浮かんだ。
「わたし、話したいことがある時は、いつもお母さんとは話してるから」
「いつも?」
「うん。……ほら、ずっと前に仁が希望に言ったでしょ。お母さんはいつでもみんなのここにいる――って。憶えてるかな?」
自分の胸を軽く叩いてみせると、仁は「あー」と思い出したように頷いた。
「言った、ような気がする」
「言ったんだよ、確かに。その時はいろいろ考えたけど……その通りだと思うことにしたの、わたし。お母さんはいつもそばにいて、わたしたちのこと見守っていてくれているんだって。だから、何か言いたいことがある時は、所構わず心の中で話しかけてる。だからこうやってお墓に来たからって、特別に改めて話すことなんてないの。『こんにちは』ぐらいかな」
仁はしばらくわたしの顔を見つめて「そうか」と小さく笑い、お墓に視線を戻した。
「俺はここで今いっぱい話したよ」
わたしは仁の横顔を見上げた。そういえば仁のお参りしている時間は長かった。
「どんな話したの?」
仁の口許が優しい笑みの形に綻んだ。
「『和音を産んでくれてありがとう』」
「――え」
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