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504号室の借り主はTという男性だった。資料によると某有名企業の社員であり、持ち家と妻子もある。家賃が滞納されたことは一度もなく、優良な住人だった。クレームを入れてくる隣人のほうが、むしろ滞納が目立っていたくらいである。
吉木さんはTにしつこく電話を掛け続けてきたがずっと無視され続けてきた。しかし執念が実り、ようやくTは電話に出たのだった。
「音に配慮していただきたいのですが」ストレートに伝えると、Tは「あの部屋は趣味のために借りているだけなので、僕は住んでいませんよ」と笑いながら応えるのだった。そして「嘘だと思うなら、マスターキーで僕の部屋に勝手に入っていただいても構いませんよ」と軽い口調で提案するのでした。
「あいにくですが、うちのマンションはマスターキーが無いんです」
「そうなんですか。では日を改めて、部屋の中をお見せしますよ。今はちょっと仕事が立て込んでいて無理なんですけど」
「よろしくお願いします」
吉木さんは電話を切ると、504号室に向かった。電気と水道のメーターは全く動いていなかった。
それからしばらくのあいだ、Tから連絡はなかった。吉木さんは504号室の前を通る時は意識してメーター類をチェックしていたが、以前確認した時から何も変化はなかった。
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