ドール

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 ある日のこと、男が管理人室の小窓をノックした。ウトウトしていた吉木さんは驚いて飛び跳ねていた。 「先日、お電話を頂いたTです。遅くなってすみません」 「ああ、Tさんですか」  Tは高そうなスーツを着こなし、靴は顔が映りそうなくらいに光っていた。清潔感のある短髪で、笑顔を絶やさず、手にはエリートの象徴とも言えるアタッシュケースをぶらさげていた。  二人はさっそく504号室に向かった。Tはぎこちない手付きで鍵を挿し込むと、ドアを開けて吉木さんを中に招き入れた。  そこは人が住める状態ではなかった。家具や家電は一切なく、窓にはカーテンすら付けていない。こんなところには一日だっていたくないな、吉木さんはそう思った。  奥の部屋に気になるものが置かれていた。人形である。人形と言っても小さなものではなく、いわゆるラブドールだった。限りなくリアルさを追求した等身大の美少女人形が無造作に床に寝かされていたのである。クローゼットの中は人形用の衣装が何着か吊るされていた。 「これが僕の趣味なんです。彼女のために部屋を借りているんですよ」Tは照れくさそうに告白した。  気味の悪い光景だった。人形はガラス製の目を見開いたまま、天井をただ見つめていたが、今にも動き出しそうな完成度である。肌にはシミやホクロは無く、幼児のような質感。艶のある黒髪は最新のヘアースタイルで、服は少しだけセクシーだ。  沈黙の後、Tは静かに語り始めるのだった。  内容はこうだ。Tは今の奥さんと婚約する直前まで付き合っていた風俗嬢がいた。Tから別れを告げると、風俗嬢は住んでいたマンションから身を投げて自殺してしまうのだった。Tはひどく後悔し、風俗嬢に似ている人形を購入すると、奥さんには内緒で密会しているのだという。それが今できる唯一の罪滅ぼしだった。 「変な奴だなと思っていますよね」Tは爽やかに笑っていた。 「いいえ、そんな・・・・・・」吉木さんは否定しつつも、Tと同じ空間にいることに若干の恐怖を覚えていた。
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