ドール

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「ズズズ」という何かが擦れる音が聞こえてくるのと同時に、半開きになったドアの隙間から女が顔を出した。 「うわっ!」吉木さんと隣人は、驚きと恐怖で飛び上がっていた。  例の人形だった。ドアにもたれ掛かっていたのである。さらにドアを開けると、人形は床に倒れ、吉木さんの靴にキスしていた。  もしかしてこの人形は、ドアスコープ越しに、廊下にいる自分たちを観察していたのだろうか? いいや、そんなことは絶対にありえない。吉木さんは邪推を打ち消すと、人形を玄関に押し込み、ドアを閉じた。 「え?と、今見て分かったと思いますけど、この部屋に人は住んでいないんです」 「あの人形が騒いでいたとでも言うんですか? あなたもさっき声を聞きましたよね?」隣人は目を見開き、その奥に恐怖を滲ませていた。 「ええ、まあ、聞こえたような、聞こえなかったような」 「気持ち悪すぎるんですけど・・・・・・」隣人はそう言い残すと、自分の部屋の中に戻っていくのだった。  吉木さんは管理人室に戻ると、すぐに手を洗った。手のひらに残っている人形の柔らかいリアルな感触を忘れたかった。そして靴に付着した口紅を紙で拭き取ると、もう一度手を洗った。  それから数分も経たないうちに、「ドスン」という衝突音が管理人室の小窓を震わせた。音は駐車場から聞こえていた。吉木さんは慌てて外に飛び出すと、立ち尽くしてしまうのだった。  駐車場には人形が横たわっていた。考えられるのは一つしか無い。さっきの隣人が504号室に忍び込んで人形を窓から放り投げたのだ。吉木さんは人形を抱えると、エレベーターに乗って5階に向かった。 「なんてことをしてくれるんだ。Tさんになんて説明したらいいのだ」吉木さんはガラス製の眼球が砕けた人形に問いかけるように、独り言を話していた。
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