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さっきまで苦しかった。
まだ生きていたから。
今、僕は、夜の大海を漂う、元僕を見ている。
台風は去ったのか、夜の海は穏やかに静まり、月明かり以外、漆黒の闇だ。
元僕は、ごみや木切れと、ただ夜の海の潮流に身を任せ、あてどなく漂う。
もう僕の意思、力は及ばないのだ。
どうやら僕は死んでしまったらしい。
「あんた、命を失ったらしいね」
どこからともなく、使者然とした声がした。
「勘違いするなよ。お迎えに来たんじゃない。面白い見世物なんで、一部始終を見物させてもらった者さ」
姿形はなかった。
でも、声に、新しい世界、俺はその何者かである。
有無をいわさぬ冷徹な重みがあった。
「このまま幾日もここにいて、そのうち諦めがついて、すっと吸い込まれちまうのもいいが」
夜の海に雷が落ちた。
「ちょうど相棒を失ったとこでね。どうだい、しばらく俺の世界にいてみないか?」
「なんの世界でしょう?」
「悪魔さ。まあ、あんたが考えている悪魔の世界とは、すこし違うかもしれないが」
「悪魔でも、好きな人を守れるでしょうか?」
「多分な。あんたには二つ道がある。あの世にいって、すべての記憶を捨てて、新しい何者かになるか。俺と手を組んで、まだ生きている誰かの手助けをするかの二つの道がな」
「僕にはまだ、死んでもやり残したことがあります」
「よし僕、今から俺の相棒だ」
以心伝心?
「なんてお呼びすればいいのでしょう」
「皇帝って呼ばれてる。でもなあ僕、俺は神様じゃない、悪魔の世界の皇帝さ。悪魔には位はあっても、名前なんてないのさ」
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