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「やめろ、まだ考える時間はある」
と、俺は必死に引き留めようとする。そんな俺と打って変わって、少女は朗らかな笑みを浮かべ、もう一度振り向いて言った。
「ねえ、神話の神さまはどこにいると思う?」
「歴史の中……か?」
「違う。いま、ここにいる」
そう言い残して、少女は宙に跳んだ。
彼女の裸足が、ムーンサルトを虚空に描く。
銀髪はふわりと回り、無垢なロングスカートは潮風を受けて大きく羽ばたいた。
永遠に思える時間はすぐ終わり、なんの音も立てずに彼女は俺の視界から消えた。
思わず叫んだ。目の前で人が飛び降りた。彼女は数百メートル下の太平洋へ叩き付けられたに違いない! 反射的に俺は手すりから乗り出して確認した。
が、予想していた惨劇はどこにもなかった。いつもと変わりない太平洋の水面があるだけだ。その代わり、なにか白いものが海面近くでひらひらと舞っている。目を凝らしてその正体を幹分けようとすると、その物体はぐんぐん俺目がけて上昇してきた。
「うわっ!」
尻餅をついた俺を飛び越えて、それは蒼穹の空を目指して飛んでゆく。
真っ白なフクロウだった。フクロウが太平洋にいるはずがない。
幻なのか。いやあれはまさか。女王は、姿かたちを変える…… 呆然としていたその時、ラームの動力伝達機構が突然噛み合い、歯車が再び動き出す。轟音を響かせて、巨大な機械は何事もなかったように生き返った。
「みつき、うまくやったじゃんか。オンボロが生き返ったよ」
トランシーバー越しに、龍子が上機嫌に言った。違う、俺はなにもしていない。ヘルメットを外した俺は額の汗をぬぐって呟いた。
「あれが、女王」
これが最初の女王との謁見だった。
この後、俺は何度も女王と出会い、不思議な神話へと巻き込まれてゆくことになる。
そうだ、新たな神話はここから始まったんだ。
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