赤ん坊と二人の女

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赤ん坊と二人の女

 僕は、中学校で柔道部に入っていました。三年生の引退に伴い、先輩から副主将に指名されました。練習態度を評価されたのだろうと、一層の努力を誓いました。  新体制となり、部活動は、毎日が限界への挑戦となりました。そのせいにするわけではありませんが、すっかり疲れてしまって、家では学習机にうつ伏せになって寝ているということが何度もありました。  その日も、いつの間にか寝ていたらしく、目が覚めたのは午前二時過ぎでした。 「今日は、もう寝ようか」  と、トイレに立つと、奇妙な声が聞こえてきました。  あぁ、おあぁ、おあぁ……。  それは、赤ん坊の泣き声のようでした。  おかしいな。……変だな。  僕に下の兄弟はいません。うちに赤ん坊はいないのです。  よく聞いてみると、どうやら赤ん坊の泣き声は、外から聞こえてくるようでした。  こんな時間に? 妙だな、と思いました。赤ん坊をあやしているにしても、人が歩いているような時間ではないのです。  気になって居間に回ると、赤ん坊の泣き声が止みました。泣き声は止みましたが、せっかくだから確認してみようと、カーテンの隙間から外を覗きました。  すると。  薄らと街灯の灯りが届くなか、道路に二人の女性が立っているのが見えました。二人は、ともに髪が長く、白いワンピースを着ていました。一人は塀の側に立って、こちらを向いていました。もう一人は道の真んなかに立って、背を向けていました。背を向けている方の女性が、赤ん坊を抱いているようでした。  こちらを向いている女性は、二十歳ぐらいで、白い面に細い目をした、きれいな人でした。 「ここは大丈夫?」  ――背を向けている女性が、言ったのだと思います。 「まだ大丈夫」  こちらを向いている女性がこたえました。 「どのぐらい大丈夫?」 「あと半年、大丈夫。あと半年、大丈夫」  こちらを向いている女性がそう言い終えた時、僕と目が合った気がしました。彼女は、ゆっくり笑みを作りました。口だけで笑むのです。  僕は、慌てて自室に戻りました。  灯りを消す気にはなれず、そのまま布団を被って寝ました。  あの夜のことは、誰にも言いませんでした。
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