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第八夜
こんな夢を見た
男は薄暗い部屋の中、蝋燭のむこうに一人で居た。
私は誰だろうかとか、どこから来たのだだろうかというような堪え切れようのない不思議さを、まさに何もかも全てを欺くかのように堪えた。
男は肩を揺らし、何よりも恐る恐るとしか表せないようなそぶりで筆を取った。
「駄目だ、やはり全く駄目だ」などと口から漏らし、筆を持つ手を動かす。
「バットの根元からは味はしないんだよ、先っぽだろう」と怒鳴ったかと思うと一対の蝶、それも蛾などと見間違うような汚さと本来の優雅さを併せ持ち損ねたとでもいうかの如く、ふらふらと障子の隙間から部屋に入る。
「やはりおかしい、爪が甘いんだ、金平糖は散らしてない」
一匹はふらふらと蝋燭の火に吸い寄せられるかのように、少しずつ周りを回りはじめた。
「犬がぴいぴい鳴いて五月蝿くて敵わん、今はカナリアにでもなっているんだ」
もう一匹もその一匹の後を追うかのようにふらふらと火の周りを回り始めた。
「墨は高い、ものを書くのにも金がかかる、そこで金平糖だ、すりつぶせ」
そして一匹は火に吸い寄せられるようにという表現すらも間違ったものに思えるように。
燃えた羽は返らないし、飛ぶことはない。
「散らしてないと言っただろう、水はかけるな、とりあえずはお湯で通すんだ」
羽から移った火が身を焦がし、一匹の蝶は無くなった。
「用意していない?そんなことはないだろう、そうだとしても今すぐ沸かせ」
残された方の一匹もふらふらとまた、火に吸い寄せられたかのように。
「しょうがない、今すぐ向かう、爪の垢を煎じて待っていろ」
そう言って男は筆を振って立ち去って行った。
蝋燭の火は消えた。
ただ一つ残された蝶は、無くなった蝶の破片を見た。
火のついていない蝋燭を見た。
暗闇を見た。
そんな哀れな蝶が私だった。
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