2.宇宙開発担当特命大臣

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 午前八時から一分違わず、インターホンが鳴った。  「大臣、おはようございます」  モニターに映っているのは、確認するまでもなく秘書の石田だ。自分の政策秘書になって二年余りが経ったが、定められた時間に遅刻したのは、光太郎の記憶だと、一度しかない。高速道路が渋滞しようと、台風が直撃しようと、大きな地震が起きようと、石田はいつも時間ぴったりにやって来る。一度だけ遅刻したのは、車で光太郎を迎えに来る途中で、ひき逃げの現場を目撃し、その犯人を追跡したときだけだ。それでも、遅れたのはたったの十五分だった。充分過ぎるくらいに下調べして、きっちりとシミュレートし、それを完璧に実行する。秘書にしておくのが惜しいほどの力量だが、石田はなぜか福住の周りを離れようとしない。一度、政治家秘書よりは遥かに条件の良い仕事を紹介したが、石田は考える間も取らずに断った。  「今日は忙しい一日になりそうですね」  光太郎を出迎えた石田は、背筋とぴんと伸ばし、モデルのような正しい姿勢で、玄関ポーチに立っていた。朝一番から、このように凛とした所作ができる石田に、光太郎は感心した。  「最初は閣議だったな」  「午前九時から閣議、その後、北海道宇宙港への移動となります」  光太郎は無言で頷くと、迎えの電気自動車に向かった。車の助手席からSPが下りてきて会釈をした。 大臣専用車の後席に就くと、ドライバーと助手席のシートの裏側に備え付けてある液晶のディスプレーが目に入る。そこには、テレビはもちろん、インターネットや政府関係機関の専用通信網にも接続でき、どのような状況下でも、移動しながら情報を迅速に収集できるようになっている。大臣室にいられることが少ない光太郎にとって、車内は貴重な情報確認の時間だ。  光太郎はまず、ネットをチェックした。国内のニュースサイトはどこも今日の宇宙港開港をトップに据えている。海外のサイトは、食糧不足に端を発したアフリカの内戦の続報や酸性雨によるヨーロッパの農作物の被害を詳しく報じていた。  「ろくなニュースがないな」  光太郎が独り言を漏らすと、すぐに石田が反応した。  「大臣、何か?」  光太郎はディスプレーをタッチして、次のサイトを探しながら言った。  「いや、別に何でもない。君は運転に集中してくれ」
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