3.開港式

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 式典開始時刻の五分前までに、来賓全員が席に着いた。時折咳払いの音が聞こえる以外、話し声は一切ない。静けさの中に緊張感が張り詰めていた。報道席ではテレビ局のカメラマン達がファインダーをのぞいて、生中継本番に備えていた。宇宙港ターミナルは、ガラス張りの正面が、高く昇った太陽の光を浴び、誇らしげに輝いていた。翔はその眩しさに少し目を細めながら、足をぴんと伸ばし、「休め」の姿勢で、身動きせずに前方を注視していた。随分長い時間が経過した気がした。突然、正午を告げる時報の音がスピーカーから聞こえた。いよいよだ。 「只今より」  声の主は北海道知事だ。セレモニーの開会を告げようとしている。 「北海道宇宙港の開港式を挙行致し…」 朗々とした知事の声は、突如沸き起こった大音響にかき消された。音というより、巨大な振動といった方が適切かもしれない。翔は思わず耳を塞いで、両膝をついた。猛烈な音圧で鼓膜が痺れて、平衡感覚を一瞬失ったのだ。余りの音の大きさに、耳の奥がむず痒かった。顔を上げると、そこには信じられない光景が広がっていた。ターミナル正面の窓ガラスがすべて吹き飛び、四方八方に飛び散っていたのだ。  〈爆破…、テロ…、まさか〉  間もなく、翔のもとに、ガラスの破片が激しく飛んできた。反射的に身を伏せたが、降り注ぐガラスで額など顔面を数カ所切った。雹のように、ガラスの破片は次から次へと降ってきた。翔は右手で顔の辺りをかばいながら、貴賓席の最前列へと匍匐前進した。肘の下でガラスの破片がジャリジャリと音を立てた。すぐ横では、顔や手足から大量に出血した老人たちが、何人も椅子から転げ落ち、悲鳴やうめき声を上げていた。なかには意識を失い、全く動かない人もいた。絶命しているのかもしれない。
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