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「道警の天羽巡査ですか?」
その男は、仕立ての良いスーツを小奇麗に着こなし、低姿勢ながら、言葉にはどこか高圧的な響きを感じさせた。
「私はこういうものです」
翔はその瞬間、彼が政治家の秘書であると確信した。その予想は的中した。
〈国務大臣 福住光太郎政策秘書 石田耕平〉
「このたびは天羽巡査の適切な応急処置のお陰で、大臣の命が救われました。何とお礼を申し上げたらよいか…」
石田という秘書の口調は極めて丁寧だが、ほとんど感情を込めずに口にしているようにも聞こえた。
「死なずに済んだのは大臣の運が良かったからです。実際、隣に座っていた中務総理は即死されました。私はただそこにいて、任務を果たしただけです」
翔は当たり障りのない表現で答えた。政治家の秘書という人間とは余り関わりたくなかった。
「大臣は一昨日に意識が戻り、今日は自分で食事を採れるほどに回復しています」
「それは幸いです。お怪我の程度は…」
石田はこの質問に、少しためらった後、「大臣の健康状態は国家機密ですが、命の恩人のあなたならいいでしょう。軽度の脳震盪に加え、肋骨二本と左の鎖骨にひびが入っています。あとは体中に十数か所ある挫創に火傷が少々」
「公務には…」
「首相があんなことになってしまったので、早々に新しい総理大臣を選ばねばなりません。ご存知の通り、中務首相は政治基盤が強固とは言えませんでした。この混乱に乗じて、政権を奪取しようと目論んでいる連中がうようよしています。福住先生に休んでいる暇はないのです。肋骨のひびはコルセットで固めて、二、三日後には東京に戻る予定です」
「政治家は大変ですね」
翔はテロの現場で、血だらけで倒れていた福住光太郎を思い出し、少し胸が悪くなった。
「大臣にはくれぐれもお体を大切にとお伝え下さい」
翔が会釈をしてその場を去ろうとすると、石田はすかさず言った。
「天羽巡査、先生がお会いしたがっています。ぜひお会い下さい。決して悪い話ではありません」
それは意外な申し出だった。国務大臣が一介の警察官に会いたいなど、にわかに信じがたい話だった。さらに「悪い話ではない」という石田の言葉は、逆に薄気味悪さを感じさせた。
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