4.不可解な誘い

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 「天羽君には怪我がなかったのかね」  あれだけの事故の後にしては、不思議と福住の表情は落ち着いていた。だが、普段はきちんと固めている髪はボサボサで、頭や腕は包帯でぐるぐる巻きにされていた。目鼻が通った二枚目が、いささかやつれた感じに見えたのは当然だ。  「顔や手足に多少の切り傷はありますが、いずれも軽傷です。それより、先生がご無事で何よりでした」  「私は君の手当てのお陰で、事なきを得た。医者が言っていたよ。止血措置をしていなければ危なかったと。かなり出血していたんだな。そう、君は、あの現場で、意識を失った私の名を必死で呼び続けてくれたね。今思えば、あの時、ずっと君の声が聞こえていた気がするよ。あの声がなければ、三途の川のあちら側にいたかもしれない。本当に君のお陰で命拾いをしたと思っているよ」  「そんなことは…。私は任務を果たしただけです。大臣が強運をお持ちだったのだと思います」  「運か…」 福住はかすかに頷いた。そして、しばらくの間、目を閉じた。「我々にはこれからもっともっと強い運が必要になるだろうな」  福住は翔の目を真っ直ぐに見た。  「私の怪我、いや命でさえ、この宇宙港の価値に比べたら、ささいな存在だ。ほとんど何の意味ももたない。テロリストの奴らは、ターミナルの一部を壊し、二十三人の命を奪ったが、できたのはそこまでだ。発着施設は全くの無傷で残った。スペースプレーンさえ飛べるなら、ターミナルなんて掘っ立て小屋でも構わない。希望はつながったんだ。総理はさぞかし無念だったと思うが、発着施設の無事は喜んでおられると思う」  翔の後ろで話を聞いていた秘書の石田が嗚咽をこらえていた。翔は福住の言っていることや石田の反応が、さっぱり理解できなかった。この宇宙港は、確かに天文学的な予算をつぎ込んだ重要施設だが、単なる国の一施設ではないのか。しかし、今の福住の口調には、それ以上の何かが含まれているような気がした。  「どういう意味でしょうか」  翔は思い切って質問してみた。勤務中なら上司に対して、このような質問はしない。福住は伏し目がちに、ゆっくりと答えた。
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