4.不可解な誘い

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 翔は意を決して話し始めた。  「私は、物心つくころから、ケイ・コバヤシの火星レポートを楽しみに見て育ちました。火星農場で小麦が豊作だったとか、新しい金属鉱床が見つかったとか、砂嵐発電の実況とか…他の人には他愛のないニュースかもしれませんが、私にとっては、違いました。不毛の惑星で人間が力強く生き抜く姿は、未来への希望に映りました。そうした放送を見ながら、いつかは自分も火星に行って働いてみたいと思っていました。しかし、ここ数年のマーズ・プレスは、火星のきな臭い話しかレポートしてきません。コロニー内での殺人事件や、鉱山、工場での労災事故、中国コロニーとのいざこざ、挙句の果てには米軍主導の自警団まで組織されました。火星はもう、ユージン・ブレやケイ・コバヤシが目指したフロンティアではなく、単なる地球社会のミニ・コピーになり下がってしまいました」  「それで夢をあきらめた訳か…」  「あきらめたというより、夢がしぼんだと解釈いただいても結構です」  これは半分本当で半分嘘だ。確かに宇宙の道を断念したのは、そうした火星を取り巻く胡散臭さが理由の半分を占めていた。しかし、最後の最後にふんぎりがつかなかったのには、別の理由があった。宇宙飛行士のテストも受けたが、選抜試験の途中でリタイアした。試験に再度挑戦する道はもちろん、大学に残るか、関連企業に就職して宇宙開発に携わる選択肢もあったが、宇宙関連の仕事をしていたら、火星に行くという夢をあきらめたという事実が常につきまとう。山際教授は研究職への進路を何度も勧めてくれたが、翔はあえて宇宙とは縁遠い警察官を選んだ。  福住は翔の目を見て言った。  「分かった。だが、ひとつだけアドバイスさせて欲しい。火星コロニーは君が考えるほど落ちぶれてはいないよ。むしろその逆だ。私は今もあそこが地球にとっての大いなる希望だと確信している。君にそこで能力を発揮してもらいたいんだよ」 「しかし…」 福住は反論を許さなかった。 「分かっている。言いたいことは山ほどあるだろう。しかし、今は一人でも優秀な人材を宇宙に投入する必要がある。大げさではなく、国家存亡の重大事なのだ。断言するよ。今が行くべき時なんだ。君には一カ月後、辞令がでる。拒否は私が許さない。あ、それから、言うまでもないことだが、これは最高レベルの国家機密だ。他言無用にしてもらいたい」
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