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 夏。(ひぐらし)が鳴いている。  ここは無人駅。周りには誰もいない。  燦然と照りつける太陽から守ってくれる、粗末な屋根がありがたい。ペンキが剥げ落ちて、今にも壊れてしまいそうな椅子に腰掛けながら、目を閉じる。  こうして、ただ夏の暑さに身を任せていると、彼と一緒だった頃を思い出す。  今日も本当に暑い。だが、公立中学校にクーラーなどあるはずもなく、ただ生徒たちはうだるような暑さに必死で抗うしかない。  わたしは流れ落ちてきた汗を忌々しそうにハンカチで拭う。  ふと窓から目をやれば、どこかのクラスが体育の授業をしていた。  暑い。  汗は顔からだけではなく、折り曲げた肘からも溢れ出る。拭いても拭いても、ノートが腕に張り付いてしまう。それは猛暑の中、必死で授業を受ける生徒の、尽きることのない悩みのひとつだ。  どんなに暑くても、下敷きをうちわ代わりにすることは許されない。とにかくそれは『先生への失礼な態度』にあたるらしい。生徒は、時折吹き抜ける気まぐれな風を待ち焦がれる。  早く冬が来ないだろうか。  暑さで朦朧とする思考の片隅で、幾度も繰り返された無駄な考え。  こんなに暑い日は、『天保の大飢饉』や『万葉集』、『阪神工業地帯』のことなんてどうでもよくなってしまう。  なんの授業でもいい。早く終わって欲しい。  修学旅行も終え、中学校生活もあと半年あまり。そろそろ高校進学も考えなきゃならない時期だ。  だが、今は何よりもこの暑さを何とかして欲しい。  四時間目の終わりを告げるチャイムが鳴る。日直が「起立、礼」を言い終わると、生徒は一斉に下敷きで顔をあおぐ。そして口々に「暑い、暑い」と言う。
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