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耀に許された世界は、この箱庭のような空間のみ。光は、一切知らない。無明の闇の中で、ずっと独りで生きてきた。
「ね、和久。目が見えるってどんな気分かしら?」
和久に何かをねだるとき、耀は決まって瞼を閉じた。そして、顔をゆっくりと庭先に向けると、目を開ける。その一連の動作は何を意味するのか、彼にはわからない。ただ美しかった。
耀には邪気がない。何も見ないからだろうか。人間の弱さも汚さも知らないからだろうか。彼女はただ無垢で清らかだ。
二十二歳にもなって嫁にも行かず、心無い者から『年増姫』と呼ばれている。そんな年になっても嫁に行けないとは、目も見えない上に、よほど見目が悪いのだろうという輩もいる。
耀は美しい。目鼻立ちの美しさも然ることながら、和久が一番惹かれているのは、その清らかな精神にである。
男や化粧、衣にばかり気をもむ、彼女以外の女子は醜悪だ。耀は誰の目にも触れさせたくない。外界の喧騒に触れてしまえば、彼女はきっと壊れてしまう。
「そうだなぁ……まったくもって難しい質問だ」
和久がうんうんと唸り始めると、耀は嬉しそうに、ふふふと笑った。最近の彼女は、和久を困らせることで悦に入るらしい。彼に難しい質問ばかりをする。
「俺にとっちゃあ、なくてはならんものだよ。俺は臆病だからな。目が見えなきゃ、怖くて誰とも付き合えん」
軽く自嘲し、彼女の白い手をとる。
「でもな、俺が『光』知ったのは、耀に会ってからなんだ」
「……どうして?」
ずっと人が嫌いだった。誰とも口を利かず、部屋に閉じこもった。独りでできることを好み、大人に見放されない程度に学問に勤しんだ。それだけだった。
何も見えなかった。自分が生きている理由がわからず、生まれてしまったことの罪深さに苦しんだ。和久は、生まれた時より無明の闇に取り残されたのだ。
「耀に会って、初めて『光』を知った気がした。君が俺を救ってくれた。耀は……その名の通り、光そのものだよ」
すべての歯車が狂い出したのは、その日の夜からだった。平和な日々の終わりであり、悲惨な戦の幕開けであった。
空には薄い三日月。その微弱な光の下で、藩主・政成公が殺された。
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