3 乱

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 いつものように、耀と和久は庭にいた。季節は今、春を待っているところ。彼女の庭では、やがて桃の花が咲くだろう。次第に暖かくなってきた風が心地よい。  耀は裸足で大地を踏みしめ、大きく息を吸い込んだ。  「あぁ、なんだか春の匂いがするわ! 春は好きよ。なんだか、これからいいことばかり起きる気がする! ねぇ、和久もそう思わない?」  くるりと振り向いて彼に見せた笑顔は、まるで光を放つ花のよう。和久は眩しげに目を細めた。  「そうだな。もうすぐ春だ。もっとたくさんの花が咲くだろう」  「そうしたら、またどんな花か教えてね!」  彼女の屈託のない笑顔が悲しかった。何も知らない、汚れない彼女が愛おしくて、胸に痛かった。  「あぁ。……きっとこれからは楽しいことばかりが待っているよ。そうだ! 今度俺が、耀の知らない花を見つけてきてやるよ」  「本当? 嬉しい! 和久、大好きだわ!」  そう言って、耀が無邪気に彼の胸へ飛び込む。それは子供のときからの彼女の癖だ。  「あぁ……俺も、耀が大好きだよ」  和久の声は低くかすれていた。耀は彼の胸に顔を埋めていたが、怪訝に思って顔を上げる。すると、大粒の雫が彼女の頬に降ってきた。  「あ、雨だわ」  空を仰ぎかけた彼女を、和久は強く抱きしめた。耀の白い頬を、幾つもの和久の涙が濡らしてゆく。  「和久、どうしたの?」  和久は、彼女の目が見えなくてよかったと生まれて初めて思った。  「和久……?」  困惑している彼女を、もう一度抱きしめる。  明日、自分が死ぬことを知っていた。  あと一刹那でもよかった。  『光』を見つめていたかった。  耀を抱いていたかった。  「雨だ。内に入ろう」  その言葉に、耀は屈託なくうなずいた。和久は覚悟していた。彼は、ただ静かに泣いていた。  「俺の存在価値は、結局こんなモンなんだよな……」  彼の呟きは、耀には届かなかった。
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