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悲しき舞子、狸奴
その晩。宿で眠っていた私は夢を見た。
古めかしい木製の家。屋根は藁葺で、梁や柱が剥き出しになった高い天井。でもそこには電気なんてものはどこにもない。部屋の中は仄暗くて、明かりとしてあるのは部屋の隅に置かれた行燈だけ。
寝ころんでいる床は固い板の間で、寝ている布団も薄くてとても寝心地が良いとは言えなかった。
「お前さま、そろそろ夜回りに出ないかん時間ですよ」
閉まっていた障子が開かれ、落ち着いた古風な着物を来た女性が寝ている私にそう声をかけてきた。すると私はそれまで寝ころんでいた視界から一転、むくりと起き上がって声のする方へ顔を向けた。
「おお、もうそがな時間かよ」
私の声じゃない声がそう答えると、ゆったりとした動作でその場に起き上がった。
見れば、枕元には長い刀とそれよりも少し短い刀が置かれているのが見えた。でも私はそれを手に取らず玄関の方へ行くと提灯を手に取り、中に火を灯す。そんな私を追いかけてきた先ほどの女性は、少しだけ不安そうにこちらを見ている。
「お前さま、刀は持って行かんがです?」
「おお。わしにゃ必要ない。こんな田舎村じゃ、大した事件も起きやせん」
「そう言うたち、近頃は辻斬りがおる言いよりますよ? もし夜道で辻斬りにでも遭うたら……」
「なぁに、心配せんでも大丈夫やき。ほいたら、行ってくる」
「あ、お前さま!」
心配して呼び止める女性の事を私は笑って遮り、結局私は刀を持たないまま玄関を抜けて外へ出た。
空には信じられないほどの満点の星空が広がっていて、川のせせらぎと虫の鳴き声だけが響き渡っている。
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