悲しき舞子、狸奴

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 平安装束の黒い唐衣を身にまとい、頭の上には烏帽子と黒い獣の耳が二つ。くるりと舞い踊る度に腰の辺りから揺れ動いているのは、二つの長く黒い尻尾……。 「ね、猫又……?」  私は思わずそう呟いた。  本当に小さな声で呟いたはずなのに、舞いを踊っていた青年はぴたりと動きを止めて、ゆっくりとこちらへ視線を向けて来た。  その視線に、思わずビクッと体を震わせる。  真っ直ぐに射貫くような金銀妖瞳。金色と銀色に光る鋭い眼差しが私を捉えていた。  待って……あの金銀妖瞳……どっかで見たような……。  そう考えて、ハッとなって思い出した。  そう、そうだ! あの目。ここで会ったあの猫と一緒だ! 「……」 「あ、あ、の……」  何も言わず、姿勢正しくこちらを見つめてくる青年の立つ社の上には、見事な満月が輝いている。その下に静かに佇む彼の姿は、何だかとても綺麗だった。  普通なら、誰もいない真夜中の神社に一人で神楽を舞う人物がいると思うだけで誰もが怖いと思うはずなのに、今の私には彼の姿がとても神々しく映って、恐怖なんてものは微塵も感じなかった。  咄嗟の事に声を掛けようと思っても、うまく言葉が出てこない。  黒い猫の耳と二つの尾を持ち、人の形をした彼は俗に言う「化け猫」なのだろうか。  ただ茫然とその場に立ち尽くしていた私に、やがて青年は広げていた扇子をするすると畳み、神楽鈴も着物の袂に入れ、音もなくその場に正座をして姿勢正しくきちんとした様子でこちらを見た。 「……あなたをお待ちしておりました」  静かに、滑る様にして語られた優しい声がそう呟く。
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