同じ言葉、匂い……思い出される記憶

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 その日、雨が降っていた。  朝から雨が降り続き、道の泥を雨水が跳ね上げるくらいの強さの雨が一日降っていて、通りを歩く者は急ぎ自分の家を目指して番傘を手に足早に立ち去っていく。  季節で言えば、梅雨の時期だ。  この頃には気温的にもだいぶ暖かいはずだが、この日に限って気温が低く誰もが肌寒く感じていた。  幸之助はそんな雨の降る村はずれに、小さく丸くなって寒さに震えていた。  動きたくても体中冷え切って、動くことが出来ない。 「……みぃ……」  声を上げようと思っても掠れた小さい声で鳴くしか出来ず、しかもその声は雨音で掻き消されて誰の耳にも届かない。  泥が跳ねて目に付いたせいで目も開けられず、体も泥まみれでそこらに転がっている石ころと大差ないほどだ。  誰かの民家の軒先の下にいるのに、雨は容赦なく体を打ち付ける。  薄く目を開くと、濁り霞む視界の先には泥にまみれてずぶ濡れになったたくさんの人々の足袋と草履が忙しなく行き過ぎる。  あぁ、もう駄目だ……。  幸之助は自分の中で死期を悟り、開けた目をもう一度閉じて力尽きたようにゴロリと体を横たえた。
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