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「可愛い言うんは分かりますけんど……。将来猫又にでもなられたら……」
「おヨネ、そがに言うたらいかん。この子がそれを聞いたら、きっと悲しいやろし、寂しいと思うで?」
そう言って真吉は幸之助の頭を撫でると、幸之助はその言葉に胸がいっぱいになった。
「それに、そもそも猫は縁起のえい動物じゃ! おらんくにもその猫がおるっちゅうんは、何かえい事が起きるのかもしれんねゃ。こうして会えたのは何かの縁じゃ。おまんは今日からうちの猫になったらえい」
こうと決めたら譲らない真吉に、それ以上おヨネが口を出す事はしなかった。
一家の主の言う事は絶対なのだから……。
「そうやな。名前が必要やね。猫は縁起のえい動物やから……幸之助ちゅうんはどうやろ?」
「みぃ」
「ほうか! 気に入ったか!」
そう言いながら真吉は幸之助を両手で大切そうに高々と抱き上げて、嬉しそうに笑った。
◆◇◆◇◆
目を閉じていた狸奴がゆっくりと目を開き、先ほどまで加奈子のいた社を見下ろすともうそこには誰もいない。
加奈子は帰った。
微かに残る主の香りを残して帰った加奈子の軌跡を追うように視線を上げて、再び人の姿になった狸奴は目を細めた。
そして、先ほど彼女が残した言葉を思い返す。
『そんなの、悲しいし寂しいよ』
その言葉。まさかまた聞く事になるとは思ってもみなかった。
「……あの方は、主の性格までも如実に受け継いだのだろうか」
そう思いながら、暗い参道の先を見つめる。
せっかく、姿かたちは違っても懐かしい恩人に出会えたのに……。
そう思うと少し寂しくもあった。
普通に考えれば、こんな田舎町の、しかも真夜中の神社に訪ねて来るような稀有な人間はそういるものじゃない。
きっと彼女も、もう訪ねて来る事はないだろう。
狸奴はすぅっと音もなく舞台に降りると、着物の袂から神楽鈴と扇子を取り出した。
シャン……。
静かな夜に微かに響く神楽鈴の音はとてもよく聞こえる。
この鈴の音一つに人々の幸せと村の安寧を願う。主が愛したこの場所と人を守り続けるために、この鈴を鳴らし続けるのだ。
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