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四方を山に囲まれていて、あちらこちらから沢山の蝉の声と川の流れる音が響き渡る。
川は話に聞いていた通りとても澄み切っていて、透明度が高い。泳いでいる魚も川底もハッキリと見て取れるぐらいだ。
私はその川岸にしゃがみこんで、じりじりと照り付ける太陽の下で川に手を浸けてみるととてもひんやりとして気持ちがいい。
何となく視線を上げると、山肌に沿うようにして視界いっぱいに広がるお茶畑が見えた。
お茶と言えば静岡と勝手に思い込んでいたから、こんな山奥の村の、しかも高知でこんなに広大なお茶畑が広がっている事に驚いた。
そのお茶畑の側にぽつぽつと家が並んでいる。それも、都会に見るような鉄筋コンクリートの高い建物はなくて、学校と公民館と、それから昔ながらの古民家ばかり。
時折鳥がさえずりながら飛んで行って、余計な音がまるでない。
「……凄く長閑」
余計な物が何もないと言う事が、こんなにも心地よいと感じたのは生まれて初めてかもしれない。
深く息を吸えば、自然界の香りが胸いっぱいに広がる。
都会にいた時の下水臭さなんて全くなくて、強いて言うならこの川の水の匂いがするような気がした。
何もないのに満たされるようなこの感覚は、もしかして狸奴が言っていた元主さんが関係しているからかな……。
そっと目を閉じて、自然の音を体中で感じていると、心が落ち着いて温かい物に包まれる。そして、宿の女将さんが言うようにこの場所が好きになれそうな、そんな気がして来た。
ゆっくり目を開くと、私はぎゅっと拳を握り締める。
「うん……狸奴に会いに行こう」
私はそのままの足で神社に向かい歩いていく。
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