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私は、鞍馬に信用されていないのかな……。そりゃあ、彼の過去の生き様や経験してきたことを思えば分からないわけじゃないし、人間の汚い部分も見てきた分、不信感を持っているのも分からないわけじゃない。
そう言う人が言うから、鞍馬が私に「簡単に心を許すな」と言ってくれた言葉に重みがあった。けど……信用されてないって思うとやっぱり、さすがに落ち込む。
沈む気持ちに小さなため息が漏れ、鞍馬のその問いかけに幸之助がどう答えるのかが気になった。だって、もしかしたら「それは確かにそうですね」とか言って、この関係も期間限定にしようとか、そんな思いもよらない方向に話が転がる事だって十分に考えられるでしょう?
聞きたくないけど、聞きたい……。
矛盾している自分の心に、気持ちが落ち着かなかった。
「……」
幸之助はすぐに返事を返さず、杯に満たされたお酒に視線を落としていた。けれどその視線を真っすぐ庭の方へ向けて口を開く。
「私は加奈子殿を信じています。あの方が裏切るような事はあり得ません。もちろん、私が裏切ることも。例え生きる時間が違っても……私は、今度は見送ることが出来る立場にある。もう、真吉殿のように見送ることさえ出来ないのは嫌です。人は命が短い分、尊く、儚く、美しい。私は、加奈子殿のその瞬間までを見届けられれば、それが本望です」
そう言いながら幸之助は、手元の杯をぐいっと仰いだ。
幸之助……。
その言葉は健気であり尊くもあり、何より悲しい……。だけど、最終的に私が早く死んでしまう事までも理解し、納得した上で絆を結び、信じてくれている。そして命の最期の一滴までを見届ける事まで考えてくれているなんて……。
私はギュウッと浴衣の胸元を握り締めた。
どうやっても私の方が先に旅立ってしまうのは否めない。でも、置いていく立場になったら……それも凄く辛い。きっと真吉さんもそう思っていたと思う。
ずっと一緒にいられたらどんなにいいだろう……。
「ほうか……。おんしがそこまで考えちゅうなら、わしは言う事なんぞない」
「……」
鞍馬はぽんと自分の膝を手打ちにすると、ふらり……と、その場に立ち上がり「厠に行ってくる」と言ってふらふらと歩いて行ってしまった。
一人残った幸之助は何かを考えるように庭をじっと見つめ、そしておもむろにこちらを振り返った。
「加奈子殿」
「!」
突然名前を呼ばれて、私はドキッとしてしまった。
立ち聞きしてたなんて凄く嫌な感じだから、何も聞いてない風を装って出ていくしかない。
「あ、あれ? 珍しいね、こんなところでお酒飲んでるの?」
「……」
わざとらし過ぎただろうか……。
黙り込んだ幸之助の目線が何となく、痛い。
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