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「芳野くん、わたし。」
「千佳どうしたの。」
きょとんとした彼の目。幼い頃、キャンプで見上げた夏休みの夜空のように輝く目。
ずっと千佳の胸を焦がし続けてきた綺麗なその光。
わけもわからないまま、泣きじゃくる千佳の頭を撫でながら、彼が思い出したように言った。
「そうだ。もうすぐ誕生日でしょ。どこにいこうかずっと考えてたんだけど。」
急に思考を現実に戻された千佳が今度は目を丸くした。
「誕生日、まだ2ヶ月も先だけど。」
「ずっと考えてて、いろいろ調べたりしてたんだけど。」
そう言う彼の目線を追えば、見覚えのある薄い雑誌があった。
「なかなか難しいね。千佳が喜びそうなことって。」
「ねぇ。」
じっと彼を見つめる。
一生分、この人に恋をした。
「お願い。」
目が飛び出そうなほど腫れていくと感じた。視界は滲み、ゆらんでゆく。
唇が変な形に歪んでゆくのがわかるから、わざと尖らせた。
ずっと、この綺麗な目に映りたかった。不思議に輝く、唯一の信仰にも似た光。
ずっと、この低く穏やかな声に名を呼ばれたかった。胸をさらう、海の波のように寄せては返す振動。
「お願い、わたしの名前を呼んで。」
どうしたの、と言いかけた一瞬ののち、彼はその吐息のまま名を呼んだ。
「千佳。」
そのためだけに生きてきた。
どうして忘れていたんだろう。こんなにも愛しい。
「俺の、小沢千佳。」
ずっと、あなただけを求めてきた。
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