終章 思い

2/3
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 ずっとずっと彼だけを見ていた。  ずっとずっと彼に見つめられることだけを夢見ていた。  五年間、彼だけを求めていた。  「ねぇ、芳野くん。」  かつて何万回も唱え続けた彼の名前。  「芳野くん、わたし。」  「千佳。」  急に昔に返ったような呼ばれ方をして、彼は目を丸くした。  真っ黒な瞳に、千佳の半泣き顔が映っていた。  「千佳、どうした。」  千佳は込み上げる涙を抑えられず、声を出して泣いた。  「芳野くん、わたし芳野くんが好き。」  好きです、芳野くんが好きなんです。どうしようもないくらい、わたしの中に芳野くんのことしかないのです。  毎夜毎夜、シンと静まり返った部屋で泣いた。枕に顔を押し付け、嗚咽を殺し、苦しい泣き顔を月に向けた。  神様、わたしの願いは芳野くんだけなんです。  芳野くんを思えば生きてこれた。芳野くんを思えば、それ以上の絶望はなかった。  芳野くん、あなたは無関心という刃でこれ以上ないくらいにわたしを傷つけ、わたしを不幸にし、それでもあなたを愛する喜びだけを与え続けてくれました。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!