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「美紗子はその話がきたとき断ることだってできたのよ。だって、初めての仕事にしちゃ荷が重すぎるもの。私は断ってもいいって言ったわ。まだ充分すぎるほど若いんだし、ゆっくりと力をつけてそれから勝負すればいいってね。  でも、美紗子はそのチャンスに飛びついた。そして、きちんと役を得た。しかも、まわりが求めていた以上の仕事をしたの。だから、あの映画の後、あの子にはたくさんのオファーがきた。  もう事務所は大騒ぎよ。うちにはじめて金の卵がきたってね。あの子は難しい要求にすべて応えたわ。現場で日に日に大きくなっていった。それだって、あの子の器が大きかったってことよ」  母さんは、もちろん本人の努力もあるわけだけど、実にすんなりと芸能界の住人となれた。  自分で考え抜いたエレガントな名前――歌川美紗子と呼ばれる位置から絶対に落ちるものかと歯を食いしばりながら、しかし、あくまでも笑顔を絶やさずひとつひとつの仕事でステップアップしていった。『朝靄のエチュード』が公開されてすぐにつけられた《清純派女優》というレッテルも気に入っていた。今となってはそのように呼ばれていたことは笑い話みたいなものだけど、その頃の母さんは清純そのものを演じきっていた。  子供の頃から自分自身をも(あざむ)くように演技を重ねてきた母さんにとって、そんなことは造作もないことだったのだ。
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