13人が本棚に入れています
本棚に追加
T県からI県に入るあたり、江戸時代からの面影を色濃く残す集落の中を通る。国道とは名ばかりの片道一車線の細い道で、小さく右に左にとカーブが続く。いきなり道路を横断する地元の人もいて、運転には気を遣う。それなのに――
ポツ。
フロントガラスに小さな雨粒がついた。
ポツ、ポツ、ポツ
「あ。降ってきた?」
あたりは夕闇が迫り薄暗く視界が悪い。その上に雨である。どの民家も固く雨戸を閉ざしているようで灯が洩れてこない。前走車も対向車もいない。
「走りにくいなぁ」
とつぶやきながら、夫はヘッドライトをハイビームにした。強烈な光の中に雨の筋が浮かび上がる。
最初は小さな水滴が間を置いてつく程度であったが、やがてすぐにその間合いは短くなり、フロントガラスは一面びっしりと小さな水滴で覆われた。
「ひどくならないといいねぇ」
助手席に座ったわたしのそんな言葉をあざ笑うかのように、急に雨脚が強くなった。
「うわ。鰻どうする?」
運転する夫がいう。ワイパーはせわしなく左右に動き雨水を弾き飛ばしているが、それでも雨水は滝のように間断なくフロントガラスを流れていく。車内にはドドドドドと車を打つ雨の音が響き渡る。
「せっかく来たんだし、食べたいなぁ」
ちょうど車は、U沼のほとりに差し掛かっていた。
進行方向にはぱっとした店がなさそうだ。沼を望める店は反対車線にある。
「沼が見えるほうがいい」
「いや、雨だしほとんど暗いし。こっち側でいいじゃん」
だが、わたしは沼側の店に入ることを主張した。おあつらえ向きに幟を何本もはためかせた立派な建物が前方に見えた。照明も明るかった。
最初のコメントを投稿しよう!