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電話を切り、もう一本煙草に火をつけて、僕は呟いていた。
「そこそこもらってるでしょうに」
西さんはこの土地の大学の研究員である。
他の学部と違い、西さんの研究室は全国でも名が知れていた。
僕は前に、西さんに聞いたことがあった。
「そこそこもらってるでしょうに、何でそんなにお金ないんですか?」
西さんは、お前にだから話すという風に語り始めた。
給料体系は国家公務員とほぼ一緒。地方住まいの独身なら充分過ぎるくらいもらってる。今の職場の役職は助教で、次は准教授を狙ってるんだよね。でも、俺のついてる教授は二年後には退官する。次は別の派閥の人が教授になるのが有力。そうすると俺の准教授の目はなくなる。今の研究室は医師免許持ってる方が強くて、俺はそれがない。別になくても研究はできるけど、次の教授は医師免許持ちで、持ってる研究員を優遇するし、そもそも、今の俺の教授とはあまり仲が良くないからね。派閥も違うし、そうなると俺は准教授の空きのある大学を捜すか、有名所に論文を提出して、箔をつけて、名の知れた研究所に転職するか。何にしろ、暫く無職になるかもしれないから、金を貯めなければならない。
それを聞いて僕は西さんに言った。
「西さんさあ、じゃあ、おべべ狂いやめなよ」
西さんは、痛いところを突かれて黙りこんだ。
僕と西さんは出会って五年程になる。
西さんが海外の研究所を辞めて、この土地の大学に勤め初めて一年程の頃だった。
ある時西さんが僕の店にやってきた。僕がお世話になっているバーのマスターの紹介だった。
スコッチが大好きで、僕のオススメや興味があるものを上限なく飲んでいた。
その時の西さんは、身長はあるが太っていて、大分頭もきているし、ダブダブのチノパンに、これまたダブダブのチェックのシャツとまったく冴えないことこのうえない。
そんな西さんが変わり始めたのは、服飾関係の仕事についている女性に恋をしたからだ。その女性とは西さんの行きつけのバーで出会った。
西さんには人生の師匠と慕うマスターが二人いる。一人は僕の店を紹介してくれたマスター。もう一人は西さんが教授に初めて連れていってもらったバーのマスターで、女性とはそこで出会った。
何とかその女性とお近づきになりたいと、西さんはそのバーのマスターにアドバイスを求めた。
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