第一章 あやめの嫁入り

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 僕は鼻をすすり、手紙を返した。 「あやめも読んだんだよな、これ」 「……うん。読んだよ」  手紙を受け取り、彼女はそっと胸を押さえた。 「ここがね……きゅうって痛くなったの」 「そう……だよな」  幼い頃のあやめを想うと、張り裂けそうなほど胸が痛んだ。  っていうか、いくらルールだからって娘の記憶を消すか、普通。なんだか、腹が立ってきた。  憤る僕をよそに、あやめは穏やかな表情を浮かべた。 「……でもね、もう痛くないよ」 「え?」 「手紙に書いてあった通りだなって思ったの。忘れたなら……また好きになればいいんだって。だからね、会いに来たんだよ。小さい頃のわたしが好きになった……あなたに。もう一度、あなたを……好きになるために」  そう言った彼女の表情に、憂いや、悲しみは一切なかった。  代わりに、陽だまりみたいな、優しい、柔らかい笑みが浮かぶ。 「そっか」  その笑顔に、あやめを見た時に感じたざわめきの正体を知った。  嗚呼、間違いない。僕はこの笑顔を、この感情を知っている。  本当に僕は、七年前もこの子に恋をしていたんだ。 「ねえ、ゆずき……。またわたしに、優しくしてくれる?」  向けられる笑顔に、つられて僕も笑った。 「ああ。もちろんだとも」     
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