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荒い呼吸の音が、高橋さんの声を遮る。そして、咽び泣きながら恭宏が言った。
「ヤクザのお……んなに手をだ、出し……ました。
岩島組の若頭の女だって分かってたら手なんか出してねえよ!! 沙羅、お前岩島組の組長に気に入られてんだろ!? 何とかしてくれよ!! 俺は悪くねえんだ!!」
「何言ってんだ、てめえ!! カシラだけじゃなくオヤジの事も侮辱するつもりか!?
姐さん、安心してください。こいつは責任持って俺等が処分しますから」
恭宏が、必死に訴えてくる。高橋さんが何か言っているが、声が右から左へと流れていった。
私の思考回路がうまく機能しない。状況がうまく掴めず、瞬きの回数が増える。
「兄貴、勝手に堅気を殺しちゃまずいですよ。カシラはともかく、オヤジが何て言うか分かりませんよ?」
「お前は馬鹿か、言わなきゃ分かるわけねえだろ。それに、こいつがいなくなっても、サツは“借金苦の失踪”としか思わねえよ。
第一、オヤジはこの事は知らねえはずだ。脳が筋肉で出来ている様な男だから、誰かが言わねえ限り、あの人はめんどくせえ事に関わろうとしねえだろ」
「もし、オヤジがここにいたら、高橋さん確実に殺されますよ?」
「いねえから平気だ」
「ははっ、漢らしい! 俺、高橋さんに惚れちゃう!」
「……馬鹿にしてんのか?」
「いえ」
電話口から複数の声が聞える。しかし、あれから恭宏の声は聞こえてこない。
「何を言ってるの? 今まで毎日のように私の家に来てたじゃない。それに、もう浮気はしないって約束したよね?」
精一杯出した私の声は、酷く震えている。
多少の事では傷付かない、そう思っていたのに、いざ問題に直面すると、簡単に現実を受け入れることが出来ない。
けれど、電話口から聞える会話を聞いている間だけは、不思議と泣きたいと思わなかった。ただ一点を見つめたまま全く動かない私は、セミの抜け殻のよう。目の前にいる朋美が、「大丈夫?」と、恐る恐る聞いてきた。
「姐さんはおめでたい頭をしてらっしゃいますね」
高橋さんが、フンと鼻で笑った。
「大変申し上げにくいのですが、この男の携帯の通話履歴、ライントーク、メール送受信履歴、その殆どが姐さんではない女ですよ。それも一人ではなく複数人。
つまり姐さんの男は、節度の無い“クズ”って事です」
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