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「いいですけど、参考になりませんよ」
低めのその声に、思わず目をみはっていた。何だこの声。
頭の中に浮かんだのは、子供の頃見た再放送のアニメ。カバの妖精の隣でクールに釣りをしていた旅人。その声優さんの声にあまりにもそっくりだったから、びっくりして呼吸が止まった。
飛沢さんを無遠慮に見つめたまま固まってしまったくらいに。
「おい、真堂。何ぼけてる。挨拶しろ」
きつめの声で注意されて、ハッとした。しまった。穴が開くほど顔ばかり見てしまった。
あわてて頭を下げた。飛沢さんは、興味なさそうに軽くうなずいた。愛想はないみたいだけど、嫌そうなわけでもなかった。ちょっとほっとする。
「じゃあ隣に座れ。ほら、早く耳、つなげさせてもらえ」
マイクつきのへッドセットを、飛沢さんのヘッドセットにつながなきゃならない。習ったはずなのに、配線がわからずもたついていたら、飛沢さんがやってくれた。小声でお礼を言ってもやっぱり返事はしてくれなかった。嫌われてしまったのか、とちょっと不安になる。
「参考に。ならないから。俺は」
前を見たまま、ぽつりぽつりと言われた。憂いのある横顔と、低音の、艶めいた声にドキリとする。
なんて返事をしたらいいのかわからなくて、無言で彼を見たら、彼もこっちを見ていた。間近で目があってちょっとというかかなり動揺する。
リーンと張りつめたベル音がして、パソコン画面に受信ボックスが表示される。
「いくよ」
そう言って、飛沢さんはマウスで応答ボタンをクリックした。そのときぼくが思ったのは、美形な人は指も長くてきれいなんだな、という見当はずれなことだった。
*****
SBSが終わって研修室に戻っても、ぼくの中から彼の声だけが消えない。
声だけじゃない。対応もすごかった。本当に。
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