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北に目を向けると小さい点々のうすい明かりが拡がっている。そこは住宅街だ。一家団欒の食事、勉強をしている子供、喧嘩をする夫婦。様々な家庭の営みがあるだろう。
それらは、今の俺には別の世界だ。なぜ、人々の生活を見下ろす場所にいるだけで自分が別世界の人間になった気になるのだろう? 窓に目をやりながら考える。
二杯目のスコッチのグラスを口にもっていき、目を窓から店内に戻す。ラウンジの入り口に真由美の姿が見えた。ウェイターに訊ねて、俺を見つけた真由美はゆっくりした足取りでこちらへ来る。くびれた胴の下で、脚の動きと共に揺れる腰がなまめかしい。体にフィットしたアイボリーホワイトのワンピースが薄暗い店内で真由美を目立たせる。
「ごめんなさい。遅れたわ」
テーブルの角を挟んで隣に座る。香水の、やわらかなかおりが拡がる。
「ドライマティーニを。えーっと、ロックで」
案内して来たウェイターにメニューも見ずにオーダーをする。仕事中は髪をアップに結っているが、ほどくと肩まで下がる。ゆるくカールした髪が弾んでいる。
真由美のドライマティーニが運ばれてきた。俺はスモークサーモンとカナッペもオーダーした。
俺と真由美は、しばらく総務課の近況など、他愛の無い話をした。
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